<3> 選ばれた王妃
部屋から出てかなり歩いた。どこをどう歩いたのか覚えていられないほどだ。一体この屋敷はどれだけ広いのだろう?前を歩くトムテの後を、きょろきょろしながらついて行った。
廊下を歩いている限りだと、石造りの館ということしか分からない。装飾などはあまりなく、とても地味な廊下だが、窓が多く、日の光がたくさん注がれ、とても気持ちがいい。しかし、暫く行くと、窓もなく、昼でも暗い廊下にやってきた。壁にあるランプが廊下を照らしている。突き当たりにとても大きな立派な扉が見えた。今まで通ってきた部屋の扉とは明らかに違う、とても存在感のある木の扉だった。トムテは重そうにその扉を開いた。ギィと軋む音が響く。さくらはゾクッと寒気がした。トムテがさくらを中に誘った。
入り口に立つと正面に大きな祭壇があった。その中央に美しく装飾された大きな水晶が異様な存在感を放っている。そしてその祭壇の横に大きな人影が見えた。黒尽くめのマントを頭からすっぽり被っている。
さくらは足がすくみ、一歩が踏み出せないでいると、トムテがそっとさくらに手を差し伸べた。さくらはその手を取り、恐る恐る中まで入っていった。部屋の中央には大きな石の台がある。さくらは上を見上げた。立派なドーム状の天井だ。間違いない、この部屋だ。さくらは足がガクガク震えてきた。あの悪夢の部屋。やはり夢ではなかったのだ。
トムテはさくらを祭壇の前まで連れて来た。恐怖と緊張で体の震えを抑えることが出来なかった。そんな様子を見てトムテは、
「大丈夫ですよ」
と、さくらの手を両手で優しくさすった。そして、男を指して言った。
「さくら様。こちらにいらっしゃるのは、我が王室付き魔術師であらせられます、ダロス様でございます」
男はフードを外し、深々と頭を下げた。蝋燭の明かりで、頭を上げた男の顔が照らされる。がっちりとした体系の大男だが、その外見に似合わず、意外と年寄りだということが分かった。
「そして、こちらにいらっしゃいますのは、同じく王室付き魔術師、ガンマ様でございます」
トムテがそう言うと、祭壇の横から、とても小柄な老婆が現われた。老婆もフード付きのマントで体をすっぽりと覆っていた。そのフードの下から見える顔は、優に一世紀は超えているであろうと思われるほど、深いしわが刻まれているが、目はギラギラし、生気を剥きだしにしている。その目は真っ直ぐにさくらを見つめていた。
さくらはトムテに支えられていて、やっと立っている状態だった。一人の屈強そうな男が椅子を用意した。トムテが優しく手を離すと、さくらは崩れるようにそこに座った。
「さくら様。どうぞお気を楽になさって下さい」
魔術師と言われた大男の低い声が響いた。
「さくら様。今すべてが不安に感じていらっしゃることでしょう。ここは何処なのか、我々が何者なのか。・・・そしてなぜ、我々がさくら様のお名前を存じ上げているのか」
さくらは、胸の前で両手を握り、大男を見上げ、震えながら頷いた。
「我々は意図的にあなた様を、あなた様が居られた世界からこの世界、つまり我々の世界へお連れしたのでございます。魔術によって」
ダロスはそう言うと、じっとさくらを見下ろした。その目は鋭かったが、その眼差しはどこか同情を帯びていた。
「これは決して夢ではございません。そして、これを運命と思って受け入れて頂かないといけません」
ダロスは大きく息を吸うと、思い切ったように言った。
「さくら様。あなた様は、我がローランド王国の王妃に選ばれたのでございます」
さくらは、すっかり混乱してしまった。この大男が話すことはあまりに現実離れしていて、まったく信じられない。とはいえ、今現在、自分自身に起こっているこの不可解な現象、これを単純に夢と片付けてしまうにはあまりにもリアルすぎる。さくらは頭の中を整理しようとするあまり、今までの恐怖など吹き飛んでしまった。
冷静になれ―――。さくらは自分に言い聞かせた。このダロスという人の話だと、ここはどうやら異世界である―――つまり、パラレルワールドか・・・。さくらはそう思った。国名はローランドというらしい。そして、この国は異世界から王妃を迎えると国が繁栄すると信じられており、歴代の王が、魔術で別世界から女性を呼び寄せ、王妃としているという。
「この王妃をお迎えする魔術は、我が王国のみ操れる魔術です。しかしながら、毎回成功するわけではありません。この魔術は非常に高度なもの。鍛錬を重ねた魔術師でないと出来ない技です」
「それに関しては、ダロス様は百年に一度の逸材と言われている大魔術師でございます!」
ダロスの説明に、トムテが口を挟んだ。それを無視するようにダロスは続けた。
「才能のある魔術師がいるだけでもいけません。その時代に王妃となる資格を持つ女性が存在しなければなりません。精巧な魔術と王妃の存在との二つが相まって、初めて成立するのです。それゆえに、先代、先々代の二代に渡り、異世界から王妃をお迎えすることが出来ませんでした」
「そなたは待望の王妃じゃ」
横からしわがれた声が聞こえた。老婆の魔術師が一歩前に進み出た。フードの中からギラギラする目が覗いている。さくらはこの声に聞き覚えがあった。
「先々代の国王の時代には、ダロスほどの魔術を使える術師は居らなかった。そして先代国王の時代には、ダロスが居れども王妃となる女性が見つからなかったのだ。二代に渡り、異世界からの王妃を娶ることが出来なかったのは、我が国にとって大きな痛手。この長きの間に、この国の繁栄は弱まり、衰退していく一向だったのじゃ」
(でも、それは政治のせいで、王妃は関係ないんじゃないの・・・?)
恐怖も薄れ、少し落ち着いて話を聞ける状態になってきたさくらは、老婆の説明に対し、ふとそんなことを思った。だが、とても口に出しては言えない。グッと言葉を飲み込んだ。
「経済の悪化は国の政だけのせいではない」
ガンマはさくらの考えを見透かしたかのように、ギロリと睨み付けるように言った。さくらは再び背筋が凍りついた。
「天の災いも重なるのじゃ。こればかりは政では回避できぬ」
ダロスはガンマの言葉に頷き、その後を代わって続けた。
「数年ごとに大きな天災に見舞われ、農作物も漁業もまったく安定しないのです。わが国は豊富な鉱物資源にも恵まれておりますが、その利益も大災害の後は、被害の穴埋めにほとんど消えてしまっているのが現状。しかしながら、歴史を紐解いてみると、異世界からの王妃が国を守っている間は、天災もなく、無駄な国費は費やされない。並んで経済も上向き、国は非常に潤っているのに対し、異世界の王妃を迎えられなかった時代は、必ずと言ってよいほど、天災やつまらぬ紛争が起こっておるのです」
ダロスは言葉を切った。そして、両手をさくらに向かって差し出した。
「しかし、我々は王妃をお迎えすることに成功した。これからは昔のように繁栄を極めた時代がやってくるでしょう。さくら様。どうぞ、運命をお引き受け下さい!」
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