<102> 掴んだ手の跡

納屋の裏から戻ると、車の傍で、佐藤の祖母が知らない老婆と話していた。

陽一は立ち止まって、香織に振り向くと、


「あの人がお前のおばあちゃん?」


と聞いた。

香織は陽一が指を差した方を見ると、


「違うよ。ひいおばちゃんだよ」


そう言って、シャツを掴んでいた手を放した。

二人して並んで、遠目から二人の老婆を見ていた。

それに気が付いた佐藤の祖母が、驚いたように陽一を見て、すぐ車の中を覗いた。

陽一が車の中にいると思っていたようだ。


陽一はゆっくり祖母の方に近づいて行った。その後ろを香織がついて行く。


「陽一、外にいたの?てっきり車の中にいるんだとばかり思ってたよ」


佐藤の祖母はバツが悪そうに笑って、


「あら、こんにちは。香織ちゃん」


と香織に声を掛けた。


「こんにちわ!」


香織はちょこんとお辞儀した。


「陽一と遊んでくれたの?ありがとうね!」


佐藤の祖母は笑顔でそう言った。


「はあ?」


陽一は驚いて思わず声を上げた。こんな小さい子に自分がってあり得ないだろう!

目を丸めて祖母を見ると、傍に立っていた老婆が、カカカと可笑しそうに笑って、


「遊んでもらったのは香織だねぇ!良かったね、香織。こんなかっこいいお兄ちゃんと遊んでもらって!」


そう、佐藤の祖母をフォローした。


「うん!これから遊ぶんだよ!」


香織は楽しそうに笑うと、


「遊ばないよっ!」


陽一は叫ぶように言って、祖母に振り返った。


「ばあちゃん!もう帰ろうよ!」


陽一は、祖母の返事を待たないうちに助手席のドアを開けて、さっさと車に乗り込んでしまった。

佐藤の祖母は呆れたように陽一を見たが、すぐに、老婆と二三言話し、香織に手を振ると、運転席に戻ってきた。


車を走らせながら、


「悪かったね、陽一。待たせちゃって。でも結局、原田さんのご夫婦・・・、おじいちゃんのお友達には会えなかったよ。お仕事で出かけてたって」


祖母は残念そうに話したが、陽一はそれに返事をしなかった。

祖母の「遊んでくれた」という言葉が、どうにも胸に突き刺さり、イライラが治まらない。


「さっき納屋の裏から出てきたけど、竹林を見に行ったの?」


そんなご機嫌斜めの陽一をわざと無視するように、祖母は尋ねてきた。

まだ胸の中でモヤモヤが残っていても、祖母を無視し続けるのは罪悪感がある。

陽一は黙ったまま頷いた。


「今年もいっぱい筍もらったでしょ?あの竹林で生えた筍だよ」


「・・・やっぱり?」


「そうだよ。毎年、旬の筍で作っているご飯はあのお家からもらっている筍で作っているんだよ。陽一、好きでしょ、筍のご飯」


「・・・ふーん」


じゃあ、自分が食べたタケノコはあの子が採ったのか?

陽一はそう思いながら、外の風景を眺めた。

長閑な風景を見ているうちに、瞼が徐々に重くなり、家までぐっすり眠ってしまった。



                ☆



佐藤の家に着いた頃には、陽一の機嫌も直っていた。

夜には祖父も用事から帰ってきて、三人で楽しい食卓を囲むと、すっかりご機嫌になった。


食後は祖母に風呂へ入るよう促され、風呂場に向かった。

そして、脱衣所でシャツを脱いだ時、あるものが目に入り、ギョッとした。


お気に入りの白いシャツの後ろ、腰のあたりが真っ黒に汚れている。

何でだ!?と軽くパニックに陥ったが、すぐに竹林での出来事を思い出した。


「あいつ!」


あの時、香織は自分シャツを掴んでいた。

その前に這いつくばって、ひたすら地面を探っていたのだ。


「やってくれたな!」


どれだけ手が汚れてたのか?と思うほど真っ黒だ。

それだけ一生懸命地面を探っていたのだろう。それなのに、自分があんなにあっさり見つけた石が、見つからないなんて・・・。


(バカなんじゃね?)


陽一は折角直った機嫌がまた悪くなった。

もう二度とあの家には行くもんかと思いながら、シャツを洗濯籠の中に乱暴に投げ入れた。

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