<101> 最初の出会い

陽一は、泣いている女の子が気になって、竹林に近づいて中を覗いた。

女の子は泣きながら、地面にしゃがんで必死で何かを探しているようだ。


「う~、う~」


女の子は歯を食いしばりながら泣いているのか、唸り声を上げて、必死に地面を這っている。


「何してんの?」


陽一はその子に声を掛けた。

女の子は顔を上げて、陽一の方を見た。


「い、い・・し・・・、石・・・、落とし・・・ちゃった・・・。緑の・・・」


女の子は涙に濡れた顔で、縋るように陽一を見つめた。


「は?石?」


陽一は怪訝なそうに女の子を見た。


(どうでもいいじゃん、石なんか。なに必死になってんだろ?)


呆れたように見ていると、女の子は陽一が助けてくれないと分かったのか、ますます顔を歪めて泣き出すと、また四つん這いになって、必死に地面を探りだした。


陽一はその姿を不憫に思った。

ここで引き返すのは、子供ながらにも流石に非道と思い、竹林に入って女の子に近づいた。


竹林に入ってすぐ目に付いたのは、木の物置台だ。

そこに、貝殻や小さな石が並んでいた。

きっとここに並べた石が落ちたのだろう。


陽一が、その台の傍にしゃがんで地面に目を落とした。

すると、すぐ目の前に、緑がかった平たく丸い石があった。


「おい、緑のってこれ?」


陽一は石を拾って女の子に見せた。

女の子は陽一に駆け寄ると、目を輝かせた。


「あった!これだ!」


女の子は陽一の前に両手を広げて、差し出した。

陽一は無言のまま、その手に緑の石を置いた。


「あった!あった!」


女の子は飛び跳ねる様に立ち上がると、傍の台の上へ、他の石の横に並べた。


陽一も立ち上がると、改めて台の上に並んだ石を見た。

よく見ると、いろんな色の石がある。

普通の灰色もあるが、乳白色のものや、赤に近い茶色、黒に近い色、それに縞模様があるものや、まだら模様の石もある・・・。

そしてさっき拾った緑の石。


「へえ、いろんな色があるんだな・・・。ただの石なのに」


陽一は思わず呟いた。

女の子はそれを聞くと、


「これ、川で拾ったんだよ!お父さんとお母さんと」


と、とても得意気に陽一に向かってしゃべりだした。


「貝殻は海だよ!」


「・・・分かるよ、それくらい」


「石は拾ったやつだけど、貝殻は買ったんだよ」


「ふーん」


確かに貝殻は、海に行けば、土産屋でよく見かける様な貝殻ばかりだ。

ホタテの貝殻のような平たく大きなものや、渦を巻いているもの、角があるもの、細長いもの。

どれも綺麗だが、わざわざ買った貝殻より、陽一には石ころの方が魅力的に思えた。


「ぜんぶ香織の宝物だよ!」


「へえ・・・」


香織という女の子は自分のコレクションが相当自慢らしい。

さっきの泣き顔が嘘のように、自慢げに石を見せてくる。特に赤みが強いピンク色の石がお気に入りなようだ。

だが、陽一はさっき自分が拾った緑の石の方が気に入った。


「こっちの方がいいじゃん」


こんな色の勾玉が図鑑に載っていた気がする。

陽一は手に取ってまじまじと見た。


「それはお父さんが見つけたんだよ!」


「ふーん」


だが、すぐに石を戻すと、今度は周りを見渡した。


竹林の中に入ったのは初めてだ。

たくさんの竹が空高く伸びて、上を見上げると、それらは太陽の光を遮り、笹の葉の隙間から青い空が覗いている。


「すげ・・・、高・・・」


陽一は上を見上げたまま、独り言を言った。

女の子は陽一が何に感心しているか分からないみたいに、首を傾げた。


「竹ってことは、タケノコは?」


陽一は周りを見渡した。


「タケノコはもう採っちゃったよ」


女の子は首を傾げたまま答えたが、また急に得意気な顔になると、


「香織もお手伝いしたんだよ。いっぱい採った!」


そう自慢げにしゃべり始めた。


「おばあちゃんがタケノコご飯をいっぱい作ってくれたよ。おばあちゃんのタケノコご飯は大好きだけど、いっぱい食べ過ぎて飽きちゃった」


そう言うと、何が楽しいのかケラケラ笑いだした。


「俺のばあちゃんが作ってくれるタケノコご飯も美味しいよ」


何故か陽一はムキになって答えた。

陽一も佐藤の祖母が作る筍ご飯は大好きだ。

そう言えば、今年も春先によく作ってくれた。良い筍をたくさんもらったって言って。


「香織のおばあちゃんのタケノコご飯の方が美味しいよ!」


「はあ?」


陽一がムキになって答えたせいか、香織もムキになって反論してきた。

いきなり佐藤の祖母を否定されて、陽一はカチンときた。

でも、香織は口を尖がらせて一歩も引かない。


「だって、お父さんもお母さんも言ってたもん。おばあちゃんのタケノコご飯は日本一だって」


「・・・ふーん」


陽一は納得いかなかったが、相手が小学生一年生ほどの女の子だということを思い出し、反論するのを止めた。


(アホらし・・・)


陽一は、もう少し竹林の中を歩てみたかったが、祖母が戻ってきているかもしれないと思い、車に戻ることにした。


くるっと向きを変えて、竹林から出て行こうとする陽一に、香織は驚いて、慌てて陽一のシャツを掴んだ。


「お兄ちゃん、どこ行くの?一緒に遊ぼう!」


「はあ?何でだよ?」


陽一は振り向いて香織を見た。

香織は目をキラキラさせて陽一を見上げている。


「お店屋さんごっこしよう!」


「嫌だよ。ばあちゃんが待ってるから帰る」


陽一は体を大きくよじり、香織の手を振り払うと、大股で歩き出した。

香織は後を追いかけて、またシャツを掴んだ。

陽一はそれを無視して、歩き続けた。

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