<103> 香織の秘密基地

次の週末、二度と行かないと誓ったはずなのに、陽一は原田家に向かう車の中にいた。

不貞腐れて車に揺られながらも、心の底の方に、僅かに楽しみにしている自分がいる。

その気持ちを否定するように、ますます難しい顔をして、外の景色を眺めていた。


原田の家に着くと、先週の老婆が外で洗濯物を干していた。

佐藤の祖母は車から降りると、老婆に挨拶をした。

陽一も車を降りると、周りを見渡し、無意識に女の子を探した。


老婆と祖母が家の中に入ろうとした時、


「俺、裏の竹林に行っていい?」


と二人に聞いた。

すると老婆が、


「いいよ、見ておいで。ついでに香織を連れてきておくれ。スイカが冷えてるからみんなで食べるよって」


笑いながら陽一にそう言うと、暑いから早く入れと佐藤の祖母を家の中に引き入れてしまった。

陽一は二人が家に入るのと同時に、納屋の裏へ駆けて行った。


裏に来た途端、日陰になって涼しい。

以前と同じように、二羽の鶏が悠々と歩き回っていた。

陽一は竹林の中を覗いてみた。だが、中には誰もいそうにない。

でも、香織を連れてこいと言ったくらいなのだから、この辺にいるのだろう。


「ま、いいや、別に」


香織を連れて行くのはだ。そんなことよりも自分は竹林に興味がある。

陽一は竹林に一歩足を踏み入れた。だが、その時、後ろの方でガサゴソと音が聞こえた。

ビックリして後ろを振り向くと、納屋に接するように建っている小さな小屋から香織が出てきた。


香織は二つの箱を持って出てくると、こちらを振り向いている陽一と目が合った。


「あ!この間のお兄ちゃん!」


一瞬驚いたように目を丸めたが、すぐに笑顔になった。


「チッ」


陽一は見つかったというバツの悪い気持ちと、自分の小さな冒険を邪魔された苛立ちから、思わず舌打ちをした。


香織は陽一の不機嫌さなどまったく気が付かないようだ。

すぐに陽一の傍に駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん!遊ぼう!」


香織は楽しそうに笑うと、


「お店屋さんごっこしよう!お店の台はあそこだよ!」


そう言って、箱を持っている両手で竹林の中にある物置台を指した。


「この箱に石と貝殻が入ってるよ。これが売り物だよ!」


ニコニコと笑って箱を掲げて見せる香織に、陽一はげんなりした。


「嫌だよ。ごっこ遊びなんて」


冷たくそう言うと、くるっと向きを変えて竹林から出た。

香織のせいですっかり興が冷めてしまった。


「お前のひいおばあちゃんが呼んでたよ。スイカ冷えてるってさ」


陽一はぶっきら棒に言うと、母屋の方に戻ろうとした。

その時、小さな小屋が目に入った。さっき香織が出てきた小屋だ。

陽一は気になってその小屋に近づいた。


香織は陽一を追いかけて傍にくると、小屋の横に立った。


「これ、香織の秘密基地だよ!」


「秘密基地?」


自慢気に話す香織に、陽一は素直に驚いた。

すぐに中を覗いてみた。

思ったよりも広い。小さい子なら二人は余裕で入れそうだ。

床には綺麗なゴザが引いてあり、小さい椅子が一個置いてある。


「へえ、すげ・・・」


陽一は感嘆して思わず呟いた。


「中に入ってもいいよ。でもお靴は脱がなきゃだめだよ」


「脱ぐのかよ・・・」


陽一は面倒くさいと思いながらも、好奇心に負け、靴を脱いで中に入った。

入ってい見ると、入り口が思ったより小さいのか、日が入らず、想像以上に薄暗い。

天井も低く、立つことはできない。

だが、この狭い空間と薄暗さに何とも心が弾む。

自分だけの空間、まるで隠れ家のようだ!


「前はもっとボロボロだったんだけど、おじいちゃんが綺麗にしてくれたんだよ。香織がいつもここにいるから」


香織は入り口にしゃがんで、興味深々に眺めている陽一に話した。


「へえ・・・」


「へへへ~、いいでしょ?」


香織はしゃがんだまま頬杖を付いて、自慢気に笑った。


「でも暗い」


勝気な陽一は、ここの薄暗さにさえ魅力を感じているくせに、得意気に自慢してくる女の子に、つい反発してしまった。


「かいちゅうでんとーがあるよ」


香織は小屋の中を指差した。

陽一は香織の指した方向を見ると、隅の方に細手の懐中電灯が置いてあった。


「暗くなったらそれを使うんだよ。そしたら明るいもん」


陽一は懐中電灯を手に取ると、スイッチを入れて周りを照らした。

想像以上に中が明るくなる。

懐中電灯のスイッチを入れたり切ったりして弄んでいるうちに、ピンっと一つのアイデアが思い浮かんだ。


「いい事思い付いた!」


陽一は悪戯っぽい笑いを香織に向けた。


「この懐中電灯、天井に吊るそうぜ」

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