<98> 祖父母の愛情

何処をどうやって帰ってきたのだろう。

夜遅くに、香織は家の玄関の前に立っていた。

それは陽一のマンションではない。香織の実家の玄関だった。


香織が家に入ると、夜遅い時間だというのに、幸之助も昌子も普通に迎えてくれた。


「お帰り」


「・・・ただいま・・・」


香織は何か言われるのではないかと身構えていると、


「飯はどうした?食ったのか?」


幸之助はテレビのスポーツ番組を見ながら聞いてきた。


「ううん、まだ・・・」


香織はそう答えると、幸之助が座っているこたつに自分も座って足を延ばした。


「なんだ、まだ食ってないのか。ばあさん!香織の奴、夕飯まだだってよ!」


幸之助は台所の昌子に叫んだ。


「はい、はい」


昌子は台所から出てくると、香織の前に皿とお茶を置いた。

皿には香織の好物のお稲荷さんが乗っていた。


「わぁ!お稲荷さんだ!」


香織は手を叩いた。


「ありがとう、おばあちゃん!」


空腹の絶頂にいた香織は、お稲荷さんを思いっきり噛り付いた。

口の中に甘辛い味が広がる。大好きで懐かしい味だ。


香織はお稲荷さんが大好きだ。それも昌子の作るお稲荷さんが。

いや、昌子が作るお稲荷さんだから大好きなのだ。

原田のおばあちゃんの味が好きなのだ。


香織はお稲荷を頬張りながら、涙が溢れてきた。

泣きながら頬張る香織に、幸之助も昌子も何も言わない。


「足りなかったら、まだあるよ」


昌子はそう言うと台所に戻った。

幸之助はテレビを見ながら、自分の手元に置いてあった饅頭を香織の前にそっと置いた。


「足りなかったら、これも食え」


二人ともそれしか言わなかった。

香織はそんな二人に感謝した。

黙々とお稲荷さんを食べ終えると、幸之助がくれた饅頭に手を伸ばした。



                 ☆



翌日の日曜日。

香織は久々に実家の自分の部屋でのんびりとした朝を迎えた。


遅くに起きて、一人で昌子が用意してくれた朝食を食べて、ボケッとしていると、

朝のひと仕事を終えた二人が帰ってきた。


三人で心地よい時間を過ごし、昼食を食べると、幸之助は近所の爺さん同士の会合に出かけてしまい、昌子も買い物に行ってしまった。


また一人になってしまった香織は所在なげに庭に出た。


綾子が言っていた思い出の桜の木のを見てから、秘密基地のところにやって来た。

秘密基地を見下ろし、愛し気に屋根を撫でた。


幸之助が作ってくれた屋根は、雨が降っても濡れないようにしっかりとした屋根だった。

綺麗にニスまで塗ってある。本当に秘密基地とは名ばかりだ。

香世子と二人で使っていた時の方が、ボロボロだったがいかにも隠れ家という風格があった。

でも、香織はとても満足だった。

こんな屋根一つからでも、幸之助の愛情を感じ、再び目頭が熱くなった。


香織は涙を拭って、向かいの竹林を見上げた。


実際は大した広さではないが、小さい頃は広大な森のように感じたものだ。

香織は久々にその中に足を踏み入れた。


入ってすぐのところに、木で作られた小さな物置台がある。

古びた台には苔が生えて、汚らしく黒ずんでいた。


小さい頃に、ここでよく遊んだ。

この台に登っては飛び降りてみたり、基地から持ってきた宝物の石や貝殻を並べて、一人でお店屋さんごっこをしていたことを思い出した。


懐かしくて、ふふっと笑いがこぼれた。


「何が面白いんだ?」


その声にギョッとして振り向くと、竹林に一歩足を踏み入れて、こちらを見ている陽一がいた。

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