<99> お迎え

「うわぁ!!」


香織は驚いて後ずさりし、物置台にぶつかった。

思わず台に手を付いて、何とか転ぶのを免れた。


「な、な、何でここにいるんですか?!」


「何でって、迎えに来たに決まってるだろ」


陽一は悪びれる様子もなく、竹林に分け入ると、香織に近づいてきた。

香織はジリジリと後ずさりした。


「む、迎えに来てって頼んだ覚えないですけど!」


「こっちも頼まれた覚えはない」


「じゃあ、何で来たんですか!」


香織は陽一を睨みつけたまま、少しずつ後ろに下がった。

隙を見て家に逃げ込もうと思っても、家は先方方向。陽一の後ろ。

真逆の方向に後ずさりしながら、横目で迂回経路を探った。


でも、陽一は足が長い。

しかも、容赦のない早さでこっち向かってくる。

香織が走りだそうとした時には、既に目の前にいて、手首を掴まれていた。


「ちょ、ちょっと放してください!」


手を振り払おうとしたが、陽一にぐいっと引き寄せらると、抱きしめられた。


「・・・ったく、心配させやがって」


陽一はホッとしたように呟くと、香織を抱きしめる腕に力を込めた。


「ちょっと!放してくださいよ!私、怒ってるんですよ?」


香織は陽一の腕の中でジタバタ暴れながら喚いた。

だが、陽一は腕の力を緩めない。それどころか、さらにギュッと強く抱きしめた。


「それなら俺だって怒ってるよ。何度目だ?俺から逃げ出すのは」


「そ、それは、そっちが逃げ出したい状況を作るからでしょう!?」


「・・・ま、確かに、そうだな・・・」


陽一は、はあ~と長い溜息を付くと、香織の両腕を掴んで、自分の体から離した。


「悪かったよ、嫌な思いをさせて。今回は俺の計算が甘かった」


「計算・・・?」


香織は怪訝そうに陽一を見上げた。


「佐田のじいさんを黙らせる算段にと思ったんだが、あの荻原ってじいさんも、思いのほか狸だったな・・・」


「・・・狸・・・?」


陽一は少し残念そうに笑った。


「ある程度、予想はしていたけどな。でも、俺が初めて会った時は、もう少ししおらしかったんだよ。お前に相当会いたそうな素振りをして」


「・・・」


香織は納得いかないように、陽一の手を振り払った。


「そうやって勝手に素性を調べたってことが気に入りません!会長を黙らせるためって、やっぱり、誰にも認められなくていいって言ったの嘘じゃないですか?!」


「嘘じゃない。原田の家にさえ認められればいいと思ってる」


「!」


香織は目を丸めて陽一を見つめた。


「だが、矢面に立つのはお前だ。余計な重荷は背負わせたくないからな。問題が回避できれば越したことはないと思ったんだ」


陽一は少し寂しそうな顔で笑うと、


「なんせ、お袋はそれで苦労してるから、今でもな・・・。できたら二の舞は避けたかった」


そっと香織の頭に手を置いた。香織は動かずに、じっと陽一を見つめたままだ。

陽一は、香織に拒否されなかったことにホッとした。


「お前が、俺みたいにズル賢く立ち回れればな。表面上だけでも荻原に取り繕えれば、家柄なんてくだらない問題は回避できるけど」


「・・・無理ですよ・・・」


「分かってるよ。お前は義理堅いからな」


陽一はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべると、


「それに、俺だって・・・。もしお前が、俺みたいな性格をしてたら惚れてない」


そう言って、クシャクシャっと頭を撫でた。

そして、香織の腕を掴むと自分の方へ引き寄せて、もう一度抱きしめた。


「もう荻原の家には行かなくていい。後は俺が話を付けておく」


「・・・当然ですよ。二度と行きたくない・・・」


香織は抵抗せずに、陽一に身を預けた。

背中に両腕を回そうとしたが、さっき、汚れた台の上にしっかりと両手を付いてしまったことを思い出し、それを思い止まった。


「もういきなり逃げ出すのは止めてくれ。お前に逃げられるのは堪える」


陽一は呟くように言うと、ギュッと腕に力をこめた。

香織は陽一の切なそうな声に、胸がキュンと鳴ると同時に、優越感と悪戯心が沸いてきた。

さっき思い止まった両手を陽一の背中に回すと、掌をゴシゴシと擦り付けた。


「?」


陽一は体を離すと、不思議そうに香織を見た。

香織はにんまりと笑うと、綺麗になった両手の掌を広げて見せた。


「まあ、今回はこれで許してあげますよ」


「!」


陽一は慌てて、自分の背中を見た。

ベージュのコートに苔と泥の汚れがしっかりと付いている。


「・・・やってくれたな」


香織はツンと横を向くと、


「こんな程度で済んで良かったと思ってください」


そう言うと、納屋の方に歩き出した。


「はいはい、おっしゃる通りで」


陽一は肩を竦めて笑うと、香織の後に付いて行った。



                 ☆



竹林を出ると、香織は秘密基地の方に駆け寄った。

そして、陽一に振り向くと、嬉しそうに手招きした。


「陽一さん、これですよ!私の秘密基地!」


陽一はゆっくり歩いてくると、基地の前に立った。

そして、屈んで中を覗いた。


「へえ、ちゃんと付いてるんだな、この懐中電灯」


「へ?」


「我ながら上手く括り付けたと思うよ。これなら、わざわざ外さなくても電池交換できただろ?」


「・・・?」


香織は、屈んでこちらを見上げている陽一を不思議そうな顔で見つめた。

陽一は立ち上がると、意地悪そうな笑みで香織の顔を覗いた。


「この懐中電灯、俺が付けたんだよ。誰かさんは覚えていないようだけど」

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