<87> お節のある光景

やっと苦行の会食が終わったと思ったら、次はティータイムが待っているらしい。


(第二ラウンドか・・・)


香織はゲッソリとして、席から立つと、


「お疲れ」


陽一は香織の頭をクシャっと撫でた。


「ええ・・・、本当ですよ・・・。でも、まだお茶とやらが・・・」


「そんなもん、付き合わなくていい。もう帰るぞ」


「え・・・?」


香織が目を丸めていると、


「本当よ。まったく、よく来たものだわ」


綾子が傍で呆れて見ている。


「早くお帰りなさい。死相が出ているわよ」


「う・・・、お母さま~~」


「じゃ、後、よろしく。行くぞ」


陽一は、綾子に縋りつこうとする香織の手を取ると、引きずるように佐田家を後にした。



                 ☆



佐藤の家では、太一郎が陽一と香織を今か今かと待っていた。

陽一のNSXの爆音が聞こえると、すぐに玄関を飛び出し、門に迎えに出た。


「おー、香織ちゃん、よく来たね!」


「あけましておめでとうございます」


先に車から降りた香織は、太一郎に挨拶をした。


「明けましておめでとう!さあ、さあ、入って入って!」


太一郎は香織を家に招き入れると、客間の和室に通した。

客間のテーブルにはお節の重箱が置いてある。


「お節だ・・・!お節だ・・・!」


お節の重箱がテーブルに鎮座している一般の正月の光景が、こんなにも美しいとは!

香織はヨロヨロと重箱の前に行くと、跪いて手を合わせた。


「・・・どうした?香織ちゃん」


「あー、じいちゃん、気にしないでいいよ。こいつ、今、壊れてるだけだから」


後から家に入ってきた陽一が、太一郎の後ろから声を掛けた。


「佐田家デビューの帰りなんだよ」


「佐田家って・・・。お前、もう、佐田の家に香織ちゃんを連れて行ったのか?まだ、向こうのおじいさんにきちんと紹介していなかったんだろう?」


太一郎は驚いて陽一を見上げた。


「そんなことないよ。それに、親戚が一堂に会するんだ、紹介するには丁度いいだろ?」


「そうか。でも・・・」


太一郎はチラッと香織を見た。

香織は相変わらず、生気のない顔で重箱に向い、手を合わせてブツブツ祈りだか、念仏だか唱えている。


「可哀相になあ・・・」


嫁いだばかりの綾子の事が思い出されて、鼻の奥が痛くなった。

あの頃の綾子は本当に大変そうだった。

嫁にやったことをどれだけ後悔したか知れないほどに・・・。


「香織ちゃん、お重を開けてごらん。サワさんが作ってくれたお節だよ。中身も綺麗だぞ!」


「サワさんが!?」


香織は目を輝かせて、顔を上げた。。

太一郎はうんうんと優しく頷いている。

香織はオープン!っと重箱の蓋を開けた。


「うわっ!綺麗!すごい!美味しそう!」


香織は三段の重箱をすべてテーブルに並べ、歓喜の声を上げた。


「写真!写真!」


香織は興奮気味にバッグからスマホを取り出すと、バシャバシャとシャッターを切り始めた。

その様子に太一郎はホッと胸を撫でおろすと、お茶を淹れに台所に向かった。


陽一は香織の隣に腰を下ろすと、


「やっと、落ち着けるな」


と、軽く溜息を付いて、香織を見た。


「はい。ガイコツにならないで良かったです」


「は?」


「とにかく、お腹が空きました・・・。さっきはほとんど食べれなかったので・・・」


「そうだな。あの料理を前にして、お前の食が進まないって、普通ならあり得ないもんな」


「・・・それだけの重圧だったてことですよ。分かってます?」


「分かってるって」


軽く睨んでくる香織に可笑しそうに笑うと、香織の頭を撫でた。

香織は頭を撫でられるのが好きなようだ。こうすると大体機嫌が直る。

拗ねたように口を尖らして見せる態度に、思わずキスしたくなるが、ここは太一郎の家だ。

グッと堪えて、頬を軽く摘まむだけに留めた。


そこに太一郎がお茶を持って入ってきた。

そして仲の良さそうにしている二人に目を細めた。

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