<86> 同士

(きた!)


香織に緊張が走った。


「え、えっと・・・、両親は既に他界しておりまして・・・」


その瞬間、部屋中が凍り付いた。

凍っていないのは、陽一を綾子だけだ。

二人は澄まして、食事をしている。


「ま、まあ。それはお気の毒に・・・。ご、ごめんなさいね」


話を振ったご婦人は慌てて謝ると、その場を誤魔化すかのように、ワイングラスを口にした。


「彼女の家は農家なんですよ」


陽一は澄まして答えた。


「新鮮な野菜を送ってもらって、助かってますよ。な?香織」


「!」


香織は椅子から飛び上がりそうなほど驚いた。

な?香織って、な?香織って!!

その言い方、一緒に住んでいるのがバレちゃうじゃないか!


「へえ。もしかして、陽一、香織さんともう一緒に住んでるの?」


隼人が驚いたように聞いてきた。


「ああ、まあね」


香織は青くなって陽一を見つめた。

しかし、周りの凍り付いた空気が一転、色めき立ったものに変わった。


「うちの会社で忙しく働いているのに、家の事もこなしてくれて助かってますよ」


「ま、まあ!それは、いいお嫁さんになりそうね」


「ええ、そうですね」


『嫁』と言う言葉に、香織の心臓は跳ね上がった。

思わず、瞬きして陽一を見た。


「・・・一緒に住んでるなど、聞いてないぞ・・・」


不機嫌な低い声に、香織の跳ね上がった心臓はピタリと止まった。

恐る恐る声のする方を見ると、正則が陽一と香織を睨みつけている。

香織は縮み上がった。


「まあね、言ってないから」


香織が小刻みに震えている横で、陽一は澄まして答えた。

綾子も相変わらず、澄まし顔で食事をしている。

だが、陽一の冷めた返事に、再び周りが凍り付いた。


「・・・どういうつもりだ?許可もなく同棲など」


「何でおじいさんの許可がいるんだよ。一緒に住むのは俺なのに」


「な・・・!」


二人の険悪なムードにますますその場が凍り付いた。

氷点下マイナス20度、バナナで釘が打てます!っというほどキーンと冷え切ていく。

見かねた、正和が間に入った。


「まあ、まあ、お父さん。今どき恋人同士が一緒に住むなんて珍しくないだろう。な?な?」


そう言って、自分の妻と息子に同意を求めた。


「そうだよ、おじいさん。いいじゃないか、別に。お似合いだよ、陽一と香織さん。ねえ?理恵さん」


隼人は頷くと、にっこり笑って陽一と香織を見て、自分の恋人に振った。


「え?ええ!お似合いと思います」


いきなり話を振られて理恵は慌てて頷いた。


「ありがとう。二人もお似合いですよ。で、二人は、式はいつにするんだ?」


陽一に不意打ちを食らって、隼人は一瞬言葉を詰まらせた。

理恵は顔を赤らめて、隼人を見た。


「まだ、結納の日取りも決めてないんだ、忙しくて。プロジェクトが落ち着かないと・・・」


『結納』という言葉に理恵の顔が一瞬輝いたように見えた。

それを見て、香織はもう一度、彼女に同士という思いを抱いた。


「そうかあ、隼人君も忙しいものなぁ」


親戚の一人が合いの手を入れてきた。


「そうなんですよ、プライベートの時間がなかなか取れなくて、理恵さんにも寂しい思いをさせてしまっていて」


「ははは、これはご馳走様!」

「まあ、仲が良いのね、こちらも」


理恵は真っ赤になって俯いている。

その光景に、ますます場が盛り上がり、氷点下から一気に春の温度に上昇した。

理恵の周りにはお花畑が広がり、蝶々でも飛んでいそうだ。


香織はそれを見て、やっと息ができた気がした。

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