<85> 苦行の会食

(来た・・・。とうとう来てしまった・・・、元旦・・・)


香織はクリスマスに陽一に買ってもらったワンピースに身を包み、自分の部屋の姿見鏡の前に立っていた。


買ってもらった時には、自分の服が汚されたことと、急がされていたことで頭が回らなかったが、おそらく、この日も見越していたのだろう。


(こんな小洒落たワンピースドレス、着る機会なんてそうそう無いから、なんてもったいないって思っていたのに・・・)


早々に着る機会が来た・・・。


あの日、セーターが汚されなくても、きっとこのワンピースは買っていたのだろうと思うと、クリスマスのあの歓喜が若干薄れる。

いかに自分が陽一の掌で転がされているかを思い知って、もはや溜息しか出ない。


クリスマスの為に買ってくれたと思うと心が弾むのに、正月の為に買ったのだと思うと、どうにも心が曇る。


「ま、いっか。もうどっちでも・・・」


そんなことより、これからの難局をどう乗り切るかの方が問題だ。

難局と言うよりも、もはや戦場ではないか?


「おい。支度できたか?」


香織が悶々とした気持ちで鏡に対面しているところに、陽一が部屋に入ってきた。


「なに、死にそうな顔してんだよ」


「・・・もし、生きて帰れなかったら、その時は・・・」


「あー、分かった、分かった。散骨ね。その時は、ヘリから派手に撒いてやるから安心しろ」


陽一は幽霊のような香織を気遣うこともなく、さっさと車に乗せて、佐田家に向かった。



                 ☆



香織は大きなダイニングテーブルに前にして、すでに生きた心地がしなかった。

陽一の横にちんまりと座り、どこを見ていいのかも分からない。

仕方なく、目の前に並ぶ美しい料理ばかり見つめるも、それも香織の心を晴らしてはくれない。


テーブルの上座には、ラスボスがドドーンと座っている。

自分の向かいには専務の隼人とそのパートナーらしい女性が座っている。

陽一の反対隣りには綾子が、その向かいには社長夫婦が並んでいる。


それ以外にも、親戚と言う面々がズラッと座り、その好奇な目は自分に向けられているようだ。


(つ、辛い・・・。会社以上に辛い・・・)


幾つもの好奇な視線に、香織の体全体はジリジリ、チクチク痛む。

このまま、皮膚が溶けてしまいそうだ。


(う・・・、この家を出るときには骨だけになってそう・・・)


香織は痛さに耐えるように、膝の上でぎゅっと拳を握り、俯いた。

そんな香織の手が急に温かさに包まれた。


「!」


顔を上げると、陽一はこちらを見て、いつものように余裕の笑みを浮かべている。

その顔を見ると少し緊張が解れ、陽一の手を握り返した。


その時、おもむろに正則が立ち上がった。


「では、皆そろったな」


正則は皆を見渡すと、グラスを持った。


「明けましておめでとう。今年もよく来てくれた。皆がこうして一同集まれることをとても感謝している。今年も良い年でありますように、皆の健康と健勝を祈って、乾杯」


「乾杯」

「おめでとうございます」


皆も口々唱えると、グラスを掲げて口にした。


正則の挨拶が済むと、途端に一人の派手なご婦人が口火を切った。


「それにしても、陽一君も隼人君も可愛らしいお嬢さんを連れてくるなんて、今年は早々に良いことがありましたわね」


顔はニコニコ笑っているが、顔は明らかに香織を値踏みしている。

早速その笑みに香織は怯んでしまった。

何とか頑張って笑みを作り、そのご婦人を見るが、まともな笑顔になっているか自信が無い。


でもそのご婦人は、香織だけではなく、隼人のパートナーにも同じ目線を送っていた。

それを見て、思わず隼人の恋人に目を向けた。

彼女もかなり緊張しているようだ。必死に笑顔を作っているのが伺える。


(ど、同士!)


香織はそれを見て、少しだけ心強くなった。

でもそれはつかの間だけ。


別のご婦人が、隼人の恋人に話を振った。


「えっと、理恵さんでしたわね。川田製作所さんのところのお嬢様よね。お父様は会社を継がれていないってお伺いしましたけど」


「はい。会社は伯父が継いでおりまして。父は大学教授をしております」


「でも、お父様も取締役ですよ、叔母さん」


隼人が助け舟を出すように間に割って入った。


「理恵さんはバイオリンが上手なんですよ。叔母さん、好きでしょう、クラシック。きっと彼女と気が合いますよ」


「まあ、そうなの?」


そんな会話に香織は青くなってきた。

なぜ同士などと思ったのか。

ここの席にいる時点で、同士なわけがない。


今は隼人の恋人の話題で盛り上がっているが、次に話を振られるのは自分だ。

どうしよう!何を聞かれるだろう?

香織の心臓の心拍数はどんどん上がっていく。


(佐田専務!どうかご自身の恋人の話題を終わらせないで!もっと盛り上げて!)


香織は隼人に念を送り続けた。

だが、それもいつまでも続くわけがない。


「隼人君も隅に置けないねぇ。こんないい子を恋人に持って」


誰かがそんなことを行った後、別のご婦人が香織を見た。


「陽ちゃんの恋人の、えっと、香織さんでしたわね?ご両親は何をなさっているの?」

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