<84> 正月の予定

甘いクリスマスが過ぎるとすぐに年の瀬だ。


ただでさえ、いつもより早い月末で忙しいというのに、その合間を縫って、無理やり忘年会をねじ込まれ、あっという間に最終営業日を迎えた。


「今年も大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願い致します。良いお年をお迎えください」


一通り挨拶をして回り、それぞれ皆、帰路に着く。


(そう言えば、お正月どうするんだろう?)


お互い忙しくて、お正月の予定など確かめていなかった。

陽一は綾子の家に帰るのだろうか?それなら、自分も一緒に行きたい。

もし帰らないのなら、原田の家に一緒にどうかな?


そんなことを考えながら、陽一の帰りを待っていた。

お約束通り、ソファで眠っていると、突然の浮遊感で目が覚めた。


「・・・あれ・・・?」


「あー、起こしたか?」


「ごめんなさい!また寝ちゃった!」


横抱きにされていることに気が付き、慌てて陽一の腕の中で降りようともがいた。

陽一は、香織をソファに降ろすと、頭と軽く小突いた。


「まったく。学習能力の機能が無いのか?お前の頭は」


「う・・・、このソファが悪いんです・・・。座り心地が良すぎて・・・」


「そりゃ、失礼したね。座り心地にこだわって買ったソファなもんで」


陽一はいつもの意地悪な笑みを浮かべると、ネクタイを緩めた。


「・・・お茶入れましょうか?」


「ああ」


香織は二人分のお茶を淹れると、陽一の隣に座った。


「あの、お正月ってどうするんですか?お母さまの家に帰るんですか?」


「まさか。元旦は佐田のじいさん家に親戚一同集まるのが恒例」


「あ、そうか・・・。そりゃ、そうですよね」


どうして自分の頭はこうも能天気なのだろう。

陽一さんは佐田財閥の御曹司だった。

本家の会長の家に行かずしてどこに行くというのだ。


「泊ってくるんですか」


「んなわけないだろ。毎年、頃合いを見てさっさと引き上げてるよ」


陽一はお茶を飲みながら、溜息を付いた。


「毎年この時期は憂鬱だったんだよな。堅苦しい会食みたいで」


「そうなんですか?ラフな宴会みたいにならないんですか?大変ですね~」


気の毒そうに陽一を見ると、香織もお茶を口にした。


「ま、でも、今年はお前がいるから、まだ気が紛れるな」


「・・・」


「会食は昼だから、適当に切り上げて、そのまま佐藤のじいさんのところに行くから」


「・・・」


「原田のおじいさんとおばあさんのところには二日に行くって話してある」


「・・・」


「佐藤のじいさんも一緒に行きたがるな、きっと。おい、お前、お茶こぼすぞ」


呆然と陽一を見ている香織の湯呑を持つ手は斜めになっている。

陽一は香織の湯呑を取り上げると、テーブルに置いた。


「・・・あの、話が見えないんですが・・・」


「お前も、佐田の家に連れて行くって話」


「あー、私も一緒にね・・・。って、ちょっと!何言ってんですか?本気ですか?!」


香織はやっと我に返って叫んだ。


「本気だけど?」


陽一は澄ましてお茶をすすっている。


「な・・・、そんなのまずいでしょう!会長はめっちゃ反対しているのに!どの面下げていけばいいんですかっ?」


「その面で十分」


陽一はニヤッと笑うと、香織の頬をつねった。


「それに、もう先方に連れて行くって言ってある。それなのに一人で行くなんてできるか。俺に恥かかせるなよ」


「何言ってんですか!ヤバいですって!私が行く方が恥かかせちゃいますよ!行っても行かなくても恥かくなら、行かない方がいいでしょ?ね?」


陽一は軽く溜息を付くと、香織のもう片方の頬もつねった。


「自分を卑下する言い方は止めろ。お前を連れてなんで恥なんだ?」


「う・・・」


「体よく逃げるな。俺と付き合っている以上、いつかは通る問題だ。こんなもん、さっさと片付けておいた方がいい」


「ほーなんれすけろぉ・・・」


両頬を摘ままれたまま、香織は切なそうに陽一を見つめた。

陽一は手を離すと、そのまま香織の頬を包んだ。


「なんだよ?」


「・・・そんなに簡単に片付く問題なんですかね。もっと慎重になった方が・・・」


「今更だろ?」


「でも・・・」


「簡単な問題じゃなかったら解決するのに時間が掛かるだろ?だったら早めに取り掛かった方がいい。自分から時間をかけるのは好きじゃない」


「・・・」


香織は目を伏せた。

逃げている自覚は十分にある。しかし、どうしようもない不安に襲われる。


「・・・自信が無いです・・・」


その一言に尽きた。


陽一は呆れたように、もう一度香織の両頬をくにっと摘まんだ。


「俺をここまで落としておいて、よく言うよ」


「!?」


目を丸めている香織に口づけると、


「ま、そんなに気負うな。お前の大好きなお袋も来るわけだし、そんなに長居するつもりは無い。それに」


陽一はそのまま香織をソファに押し倒した。


「・・・それに?」


「クリスマスにあれだけ甘やかしてやっただろ?正月のクソ行事に付き合ったってお釣りがくるほどに」


「!!」


もしや、あのゴージャスなクリスマスは正月の苦行の引き換えか!

今にも目玉が飛び出しそうな香織の顔を、陽一は可笑しそうに覗き込んだ。


「う~!策士!」


「まあね」


悔しそうに陽一の胸を押しやる香織の両手を簡単に片手で捉えると、これ以上の反論はできないように唇で香織の口を塞いだ。

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