<83> クリスマス
陽一は香織の後ろに立って、にっこりと笑って、女子社員を見ていた。
「申し訳ございません!」
女子社員は頭を下げると、
「大丈夫、気にしないで。香織、行くぞ」
陽一は、女子社員に軽く手を振ると、香織を見下ろした。
お前が気にしないでいい言うな!と思いながらも、
「い、行くって、どこにですか・・・?今日はお仕事では・・・?」
ドキドキした胸を押さえながら、陽一に尋ねたが、陽一は軽く溜息を付くだけで、
「とりあえず、服買うか。早くしろ」
そう言うと、スタスタとエレベーターホールに向かってしまった。
(中川さんの言っていた通り、本当にサプライズがあった・・・)
香織は女子社員に軽く会釈すると、慌てて陽一を追いかけた。
それにしても、毎度のことながら、陽一のサプライズは驚愕させられる。
(ふつーのサプライズってないのか?この人には・・・)
ギョッ!とするのではなく、キュンってするやつ。
ぎゃあ!じゃなくて、きゃあ!ってなるやつ・・・。
はあ~っと溜息を付きながら陽一の後を付いて行くと、地下の駐車場でNSXに乗せらた。
「自分の車で来てたんですね・・・。っていうか、出かけるなら教えてくださいよ!」
香織は助手席に乗り込むと、シートベルトをしながら文句を言った。
「あー、悪かったよ。ギリギリまで仕事がどうなるか分からなかったからな。約束してすっぽかされるよりいいだろ?」
「う・・・、まあ、確かに・・・」
モゴモゴ答える香織を、陽一は可笑しそうに見ると、車を発進させた。
☆
小洒落たブティックに連れ込まれ、自分の希望も伝える暇のないうちに、小奇麗な洋服に着替えさせられると、再び、車に押し込められた。
「それにしても、派手に汚されたな」
運転しながら、陽一が可笑しそうに言ってきた。
「少しは同情してくださいよ~、誰のせいですか。まったく」
そんな陽一を軽く睨むと、
「まあ、でも最初は吊るし上げられる覚悟でいたんで、それを考えると、大したことないですけどね」
香織は首を竦めてみせた。
「まあな。でも、続くようならちゃんと言えよ。何もお前のためだけじゃない。ハラスメントは会社としても問題だからな」
「・・・」
大いにまともな事を言っているのに、この人が言うと、何となく腑に落ちないのは何故だ?
「・・・私の異動は・・・?なんか、とあるパワーが掛かっていると思いますが・・・。俗にいうパワハラって言うのではないのでしょーか?」
「あー、あれは定期的な人事異動だって。問題なし。」
「うそ!」
「さあね。もしがパワーが掛かっていたとしても、ハラスメントじゃないだろ?」
「結果的になってないだけですよ!」
「なら問題ない。結果がすべてなんで」
そんな会話をしているうちに、気が付くとベイエリアに来ていた。
そして、陽一に手を引かれ連れて来られた、その目の前には・・・。
「船!」
香織は目を丸めた。
「もしかしてディナークルーズ?!」
目を輝かせて陽一を見上げた。
陽一は得意そうに笑っている。
「すごい!陽一さん!普通のサプライズだ!!」
「・・・普通ってなんだよ?」
「すごい!すごい!素敵!やればできるじゃないですか!フツーのサプライズ!」
香織は興奮気味にペシペシと陽一の背中を叩いた。
「褒めてんのか、それは」
陽一は呆れながらも、大興奮の香織の手を引き、美しい夜景に浮かんでいるクルーズ船に乗り込んだ。
☆
夜景の美しさにうっとりし、目の前の鮮やかなディナーに心踊らされ、あっという間に楽しい時間は過ぎてしまった。
「すごかったです!陽一さん!普通のカップルのデートみたいでした!感激しました!」
車に戻っても興奮が治まらない香織は、運転席に座った陽一に向かって叫ぶように褒め称えた。
「お褒めに預かって光栄です。って、そんなに普通のデートが無かったか?俺たち」
「はいっ!私の記憶の限りでは!」
「・・・そうかよ」
陽一は肩を窄ませると、香織の頭をクシャクシャ撫でた。
「じゃ、これからは『普通』を心がけるよう、善処する」
ふふっと笑う香織の顎をすくい、軽く唇を合わした。
「あ、そうだ、帰ってもクリスマスケーキ無いんですよ。今日買おうと思っていたから」
「あれだけ食って、まだ食う気か?」
「え~、クリスマスケーキですよ!別腹でしょう?まだ開いているお店ないかな?」
陽一は真剣に考えている香織の頭を軽く小突くと、
「ま、そう言うと思ったけどな。でも、これで終わりじゃないから。ホテルも予約している」
「!」
「ちゃんと、クリスマスケーキも付いてるから、安心しろ」
「!!」
陽一は、目を丸めている香織の頬を軽くつねって、ニヤッと笑った。
「これも『普通のサプライズ』か?」
香織の頬から手を離し、そのまま首の後ろへ回すとグイっと引き寄せ、しっかりと唇を合わせた。
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