<39> 懇親会

映画の一件は、陽一をかなり怒らせたようだ。

あの日から、陽一から香織に接触してくることは無くなった。


それと同じ頃に、不慣れな上に立て込んでいた仕事が落ち着いてきた。

残業も目に見えて減り、定時に帰れる日も増えてきた。


そんなある日。

総務部の懇親会が開かれることになった。

予定では総務部第一課と第二課だけのはずだったが、常務からの労いのお声が掛かったとのことで、秘書室も合同ということになった。


秘書室の女性は美人揃いだ。

もう、それはそれは狙ったかのように。

これには、総務部の男性陣は舞い上がった。


浮かれる男性陣を見て、よかったわね~と微笑むお局様たちと、


「え?もしかして、副社長も来るの?」


はしゃぐ若手の女子社員たちとは、かなりの温度差がある。

彼女たちは夏の日差しのようにギラギラしている。


もちろん香織も若手に入るのだが、『副社長』と聞いて、香織の周りにだけブリザードが舞った。


しかし、一人の女子社員が、がっくり肩を落として、


「今日は常務と専務だけだって~~」


その言葉に、一斉に女子社員の温度は急激に下がっていった。

反対に香織は一気に体温を取り戻した。


(よ、よかった・・・)


香織はホッと胸を撫でおろした。


仕事が終わった人たちから順に、それぞれ懇親会のお店に向かって行く。

香織も同じ時間に終わったお局様と一緒にお店に向かった。


人がまだ揃わない中、この部で新参者の香織は、一番下座の席にちょこんと座った。

すると、お局様らは、


「そこは幹事席なんだから、もっとこっちにいらっしゃい」


「そうそう、新人じゃないんだから」


香織の腕を引っ張ると、適度な席に移動させた。


「原田さんと飲むのって歓迎会以来よね!お酒強いんだっけ?」


「いや~、酒に飲まれるタイプです」


「そうなんだ。じゃあ、もしかして失敗談とか結構あるの?」


「はは、チラホラと」


そんな風に楽しくおしゃべりしているうちに、店にはほぼ参加者全員がそろったようだ。

気付くと香織の隣は、さりげなく湊が陣取っていた。


「お疲れ、原田」


「お、お疲れ様。加藤君」


映画の日以来、湊と話すと香織の胸はざわつく。

帰り際に見せた態度がどうにも気になる。

自分の自惚れかもしれないが、湊からの好意を感じて、つい身構えてしまう。


湊がいい人だとは十分わかっているのだが、今の香織には、湊を新物件として見ることがどうしてもできなかった。


宴会もスタートし、目の前にどんどん食事が並ぶと、若い女子社員は率先して小皿に取り分け始める。

例に漏れず、香織も自分の周りの人の分を取り分けようとしたが、湊の方が早くトングを掴むと、パッパっと率なく配膳してしまった。


「いつも思うけど、加藤君って総務部より営業に向いてるわよね~。そういうところ」


お局様が湊の手際の良さを褒める。


「そうっすかぁ?」


湊は笑いながら、料理を盛った小皿を配り、大皿はさっさと店員に返していく。


「そう言えば、加藤君と原田さんって同期だったっけ?」


香織の隣に座っていた別のお局様が話を振ってきた。


「そうなんですよ」


香織が答える前に湊が答えた。


「へえ、いつも仲がいいもんね!そのままくっついちゃえばいいのに!」


香織はビールを噴いた。


「な、な、何言ってるんですか!」


「えー、でも、この会社って同期同士で結婚している人多いのよ。私たちだってそうよ、ねえ?」


「ねえ」


お局様たちは頷き合った。

それに対し、湊は笑いながら、


「俺たちの同期の中でも、付き合っている奴らいますよ」


と言うと、向かいに座っているお局様と先輩社員の開いたグラスにビールを注いだ。


「え?そうなの?」


「あれ?原田、知らなかった?」


湊は香織のグラスにもビールを注いだ。

そして、自分のグラスに注ごうとするビール瓶を、向かいの先輩に奪われた。

先輩は湊のグラスにビールを注ぎながら、


「俺も、嫁さん同期っすよ」


と楽しそうに話し出した。


「そうだった!そうだったわね。山田君も同期婚よね!元経理部の子だっけ?」


「そうっす」


「同期っていいわよね、気が楽で。こっちの立場も分かってくれるし」


「そうよ、同期同士っていいわよ~」


(何なの?この会話・・・)


同期同期と盛り上がる中、香織は何て答えていいか分からずに固まってしまったが、


「ハハハ!そうなんですね~!いいですねぇ。」


湊は率なく話に合わせて、場を盛り上げる。


「なあ?原田。参考になるな」


「へ?・・・あ、ハハハ・・・」


慌てて愛想笑いをするも、周りの生温い視線が痛い。


「そうよ!参考にして!」


湊はこの生温い視線をちょっとうれしそうに受け止めているように見える。

香織は愛想笑いをしたまま、ビールを口にした。


その時、部屋の襖が開く音がしたと思うと、女性陣の黄色い歓声が上がった。


「きゃ!副社長!!」


大股で部屋に入って来たのは、不参加のはずの陽一だった。

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