<29> ライバル?
食事はしっかり取ったはずなのに、店を出る頃には、香織はなぜかゲッソリしていた。
陽一もイライラオーラを全開に放っている。
上機嫌なのは湊だけだ。
(は、早く帰りたい・・・)
地獄のような飲み会が終わって、香織は一秒でも早くこの場から逃れたかった。
それなのに湊は世にも恐ろしいことを提案してきた。
「折角ですから、もう一軒どうですか?副社長!な、原田もいいだろ?」
「いえ!私は帰ります!」
香織は叫ぶように即答した。
「え~、なんだよ~、付き合い悪いな!」
「ほら、だって、もう遅いし!」
「遅いって言ったって、まだ大丈夫だろ?それにお前、家、都内じゃん。帰りちゃんと送ってやるよ」
(誰の前で、何を言ってんの!ホントやめてくれ!)
香織は心の中で叫び、慌てて首を振ると、
「私、明日用事あるから!」
と、咄嗟に嘘をついた。
「へえ、用事?」
背後から不機嫌な声が聞こえて、香織はサーっと血の気が引いた。
怖くて後ろを振り向けない。
「・・・ということで、私はこれで失礼します!副社長と加藤君は、どうぞごゆっくり!」
香織は振り向きもせず、猛ダッシュで駅に向かって走った。
☆
やっとの思いで香織がアパートに戻ると、自分の家の前に見たことがあるような男の姿が・・・。
「うそ・・・」
タクシーで先回りしていた陽一が、腕を組んで、香織の家の玄関に寄り掛って立っていた。
香織に気が付くと、顔だけゆっくり振り向いた。
「このまま、お前の家で話す?それとも明日の用事とやらを変更する?」
「・・・明日の用事を変更します・・・」
「じゃあ、明日逃げるなよ」
「・・・」
こうしてあっさりと土曜日の約束をさせられてしまった。
☆
陽一が、湊と香織が食事に行くことが分かったのは、本当に偶然だった。
帰る自分の車から、二人が仲良く歩いている姿を見かけたのだ。
そして、向かっている方向は香織が帰る駅の方ではない。飲食店が多い通りだ。
陽一はすぐに香織に電話をするも、香織は出やしない。
メッセージにも気が付かない。
陽一は車を停めてもらうと、運転手にもう帰っていいと伝え、湊の社用の携帯に電話をしたのだ。
もともと、総務部第一課は自分の息が掛かった部署で、そこの主要なメンバーの携帯電話番号は把握している。
そして、加藤湊が香織の同期だということも知っていた。
だが、まさかその男が香織に手を出すとは思っていなかったのだ。
本当にただの同期同士の食事だとしても、まだ自分の女になりきっていない香織を、他の男と二人きりにさせるほど、陽一は甘くない。
狭量な男と思われても仕方ないと自嘲しながら、陽一は湊に電話を掛けたのだった。
(来て正解だったな)
陽一はビールを飲みながら、湊を観察した。
男の目から見て、湊が香織にそれなりに気があることは確かだ。
同じ部署とは言え、共通の仕事でもないのに、興味のない女の仕事に遅くまで付き合って、帰りに一緒に食事する男はそうそういない。
気のある女を食事に誘う常套手段じゃないか。
そして、それに毎日乗せられている香織の鈍感さにも呆れる。
(こいつが断るのが下手って言うのもあるが・・・)
それだけじゃない。
陽一に対して、香織が自分といかに親しいかをアピールしてくるのがいい証拠だ。
頼んでもいないのに、香織の情報をペラペラしゃべってくる。
自分の女(予定)の事を他の男の口から聞くことが、こんなにも堪えがたいものなのかと、陽一は初めて知った。
(さて、あの男をどうするか・・・)
いや、違う。
陽一は首を振った。
自分がさっさと香織を振り向かせればいいことだ。
しっかりと自分の女にすればいい。それだけだ。
珍しく焦り、思考がズレた自分に苦笑した。
香織にとって拷問だった飲み会は、陽一にとっても想像以上に屈辱的な飲み会だった。
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