<30> 陽一マジック再び

翌朝、早い時間に陽一が車で迎えに来た。


想像以上に早い時間に、香織はまだ外出できる準備などできていなかった。

そんなことお構いなしに、陽一は香織を家から連れ出すと、さっさと車に押し込んで、どこかに出発してしまった。


着いた場所は都心の高級ホテルだった。

訳も分からず、陽一に引きずられて、押し込められたのはエステティックサロン。


「???」


思考回路がままならないまま、身ぐるみをはがされ、エステ施術を受けた。

最近ずっと寝不足気味だった香織にとって、この施術は一発KOだ。

あっという間に眠りに落ちてしまった。


そして爆睡しているところを、無理やり起こされると、次に待っていたのは高級ブティック。


目も覚め切らず、フラフラしている間に、店員に着飾られ、次に押し込められたのは、ヘアサロンだ。


髪が綺麗に結い上がった頃には、流石に香織も目が覚めてきた。

だが、思考回路は相変わらず、ままならないままだ。


「・・・あの、これは一体、どういうことでしょう?」


すっかり余所行きに出来上がった香織は、ロビーのソファで待っていた陽一に、困惑気味に尋ねた。


「へえ、可愛いじゃん」


素直に褒める陽一に、香織は顔が赤くなった。

しかし、次の瞬間、ソファから立ち上がった陽一を見て、度肝を抜かれた。


いつものビジネススーツとは違う、お洒落なパーティー用のスーツ姿。

派手目なポケットチーフが、ダーク気味のスーツに嫌味も無く溶け込んでいる。

髪も後ろに撫でつけ、いつもよりセクシーだ。

腕には、大きな手をより一層格好良く引き立てる腕時計が光る。


(何者?この人)


香織はあんぐりと口を開け、陽一を見た。


「なに腑抜けた顔してんだ?」


陽一は香織の顔を覗き込み、ニッと笑った。

香織は慌てて真っ赤な顔を逸らした。


(やっぱり、この人は私とは不釣り合いだ)


香織は改めて実感した。

自分がどんなに着飾っても、陽一の隣ではちんまりとして冴えず、とても対等にはなれない。

それどころか、足元にすら及ばない。


(離れて歩こう・・・。どこ行くのか知らないけど・・・)


香織は、陽一が自分の前を歩き出すのを見届けると、少し間を置いて、後を付いて行いこうとした。

だが、そんな思惑はすぐに陽一に見抜かれてしまう。


陽一は立ち止まると、手を差し出した。


「ほら」


「・・・」


香織が躊躇していると、陽一はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべた。


「昨日、言ったよな。今日は逃げるなよって」


「う・・・」


香織はおずおずと陽一の手を取った。

陽一は香織を引き寄せると、香織の耳元で、


「大丈夫、お前も綺麗だって」


そう囁いた。

香織は自分の体温が一気に上昇するのが分かった。

心臓がドクンドクンと音を立て、急に早くなる。


(・・・出た、陽一マジック・・・)


結局、そのまま満足げに歩く陽一の手に引かれ、歩き出した。



                ☆



「ところで、一体どこに行くんですか?」


飛び跳ねる心臓を手で押さえながら、香織は陽一に聞いた。


「着けば分かるって」


陽一は質問には答えず、ホテル内をズンズン進んで行く。


「・・・」


香織はさっきの陽一マジックのせいで、思考回路がピンク色一色に染まってしまっていたが、徐々に色彩が戻ってきた。

何も教えてくれない陽一に対し、モヤモヤと疑念が湧き出てきて、心臓の音も徐々に通常に戻りつつある。


(・・・怪しい・・・)


なんか嫌~な予感がする・・・。

跳ね上がっていた心臓の音が、急速に正常値に戻ると、今度は不安の音に変わっていく・・・。

しかし、しっかり握られている手を解く勇気もない。


不安のまま、連れて来られた先はホテルの大広間・・・。

そこは、なんとも華やかなパーティー会場だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る