<28> エスパー現る

湊が選んだ店は、洒落た洋風居酒屋だった。


「へえ~、センスいいね、加藤君」


香織は店内をキョロキョロ見回しながら席に着いた。


「そうかぁ?前に大学のゼミの先輩に教えてもらった店なんだよ。職場が近くってさ。ビールでいいよな?」


香織は頷くと、加藤はとりあえずビールと1点アラカルトを注文した。

そして、メニューを香織に渡すと、


「あとは、どうぞ」


残りの食事全ての選択権を香織に託してくれた。


「え?いいの?本当に好きなの選んじゃうよ?」


「いいって」


「ありがとう!では、遠慮なく~♪」


香織がメニューと格闘していると、湊の携帯が鳴った。

しかも、自分のではない。社用の携帯だ。


「悪い、ちょっと出るわ」


湊は電話を取ると、席を離れ、店の外に出た。


(呼び出しかな?)


香織はメニューを置いた。

もしも会社戻ることになったら、頼んでも無駄になるからだ。


だが、湊はすぐ席に戻ってきた。そして、


「適当に頼んどいて。急遽一人追加になったから、ちょっと迎えに行ってくる」


そう言うと、また店の外に飛び出していった。


(部内の人かな?それとも同期?)


香織はこれから来るのが女でも男でも、三人いれば平らげられる程度の料理を注文した。


(あ、でも、後輩だったらどうしよう?選ばせてあげた方がよかったよね?)


そんなのんきなことを考えながら、ビールを飲んでいると、湊は得意そうに手を振りながら戻ってきた。

そして、その湊の後ろにいる人物を見て、香織はビールを噴出した。


それは、若干怒りのオーラを放っている陽一だった。


(△◇■☆っ!!)


咳き込んでる香織に、湊は驚いて、


「おいおい、大丈夫かよ?」


すぐにハンカチを取り出すと、香織に差し出した。

香織は慌てて首を振り、自分のバックからハンカチを取り出して、口に当てた。


「驚かせたかな?」


陽一が優しく声を掛けた。まあ、優しく聞こえたのは湊だけで、香織には怒気がこもっている様に聞こえたが・・・。


「・・・い、いえ・・・」


「まあ、びっくりするよな?いきなり副社長が現れちゃ。異動の挨拶した時以来だろ?お会いしたのは」


湊は得意気に言うと、


「副社長、飲み物どうされますか?ビールでいいですか?」


そう聞きながら、香織の前の席を陽一に勧めた。


「ああ、ビールで」


陽一はじっと香織を見ながら答えると、少し乱暴に席に着いた。


(う・・・、き、気まずい・・・)


香織は俯いた。

っていうか、何で来たの??どうして分かったの??

あんた、マジでエスパーか?


そんなことを悶々と思っていると、陽一の長い脚が香織の足をチョンと突いた。

恐る恐る顔を上げると、


〔思ってることがダダ洩れ〕


と、陽一が小声で話しかけた。

香織は赤くなり、再び俯いた。


そんな二人の空気には全く気が付かず、湊は陽一にメニューを差し出した。


「副社長、何か好きな物頼んでください。ここ、何でも美味いんですよ!」


陽一はメニューを広げると、それ越しに香織を見た。


「でも、もう原田さんが頼んだでしょ?多分、結構な数を」


(ぐ・・・)


「え?そうなの?原田。そんなに頼んだの?」


「う、うん。だって・・・、三人っていうから・・・」


香織がボソボソ言っているところに、丁度料理が運ばれてきた。

そして、テーブルをそこそこ埋め尽くした皿の数を見て、


「ほらね」


とばかりに、陽一はニヤッと笑った。

香織は思わず顔を背けた。


「おお!原田、良いチョイスだぞ!」


しかし、湊は呆れる様子を見せることなく、楽しそうにテーブルを眺めた。


「最近、俺たち毎日夕飯、蕎麦ばっかりだったもんな。今日はこれくらい食わないと!」


「俺たち?」


(ま、まずい!)


香織は青くなった。


「そうなんですよ。ここんとこずっと残業で、毎日一緒に立ち食い蕎麦の蕎麦食って帰ってたんですよ」


「へえ~、毎日?一緒に?」


「ええ。でも、流石に今日は金曜日だから飲もうってことになって」


(く~、余計なことを・・・!)


香織はフォークを握り締めながら、湊にこれ以上しゃべらないように『念』を送った。

当然、そんなもの湊に届くわけがない。


「へえ、仲がいいんだね。お二人」


「ええ。同期なんですよ、俺たち」


「加藤君は誰にでも面倒見が良いんですよ。ははは・・・」


湊の言うことを遮るように、香織が口を挟んだ。

陽一はチラッと香織を見ると、一見爽やかそうな笑顔を湊に向けた。


「ふーん、原田さんだけになんじゃないの?ねえ?加藤君」


「ハハハッー、止めてくださいよ~、副社長!」


(ヤバい・・・。目が笑ってない・・・)


その後も、何にも知らない湊は楽しそうに陽一としゃべり続け、いらぬ情報を陽一に与え続けた。

香織は、湊を止める術も持たずに、生きた心地のしない中、ただひたすらモソモソと目の前の料理を食べ続けた。

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