<22> 女神降臨

香織はソファから立ち上がると、はしゃいでいる年寄を他所に、一人コテージ内を物色し始めた。


(どの部屋を使えばいいの?)


そう思っているところに、陽一が近づいてきた。


「二棟借りてるから。俺たちはこっち」


「は?」


驚いている香織の手を掴むと、隣のコテージに連れて行った。


「ちょ、ちょっと!何考えてるんですか?」


コテージの玄関に入ると、すぐに香織は手を振り解こうした。だが、陽一の力は強い。

全く離れず、そのまま体を壁に押し付けられた。


「恋人同士でもないのに、同じ部屋っておかしいでしょ!」


香織は陽一を睨みつけた。


「同じコテージってだけだ。部屋は二つあるぜ」


陽一は意地悪そうに笑って、香織を見下ろした。


「あー、それとも同じ部屋が良かった?俺は構わないけど?」


(ぐぬぬ・・・)


香織は歯を食いしばって、陽一を睨んだ。

陽一は相変わらず、可笑しそうに香織を見ている。


「まあ、この機会を逃すつもりはないけどな。ガキの恋愛じゃないんだ。抱くことだって、お前を落とす手段の一つだから」


そう言うと、香織の頬にキスをした。そして、その唇はゆっくりと香織の首元に移動する。


「ち、ちょ、ちょっと!」


「なんだよ?初めてでもないくせに」


「!」


「誰かさんは覚えていないようだけど、結構、相性良かったんだぜ、俺たち。それをちゃんと思い出させてやるよ」


陽一の唇は香織の首筋から、再び頬に戻った。そのとき、塩辛い水が陽一の唇に触れた。

驚いて顔を離すと、香織の顔を覗き込んだ。


「う~~~。もう、やだ・・・」


香織は悔しそうに涙を流していた。


「・・・おい・・・」


流石に泣いている香織に焦りを感じ、陽一は慌てて体を離した。


「・・・違うもん・・・。私、そんなに軽い女じゃないもん・・・。あの夜だって・・・。あんなこと、今まで一度もなかったもん・・・」


香織は両手で顔を覆って泣き出した。


「・・・陽一さんは、『奪った』とか『初めてじゃないとか』、そうやって私の事、軽そうな女みたいに言うけど・・・。本当に・・・違うんだ・・から・・・」


陽一はため息を付くと、そっと香織を自分の腕に抱きしめた。


「・・・わかってるよ。お前が軽い女じゃないってことくらい」


そして、優しく香織の頭を撫でると、


「悪かった。少し揶揄い過ぎた」


そう素直に謝ると、香織の嗚咽が治まるまで、優しく頭を撫で続けた。


暫くして泣き止んだのが分かると、陽一はゆっくり体を離して、香織の顔を覗き込んだ。

香織はまだ潤んでいる瞳で陽一を見つめている。

陽一は香織の頬を両手で優しく包むと、長い親指で涙を拭った。


「・・・」


「・・・」


陽一の顔はそのまま香織に近づいてくる。

香織はそっと目を閉じた。ほとんど無意識だった。


「準備できたよー!!」


あと少しで二人の唇が触れるというところで、昌子の大きな声が聞こえた。


「!」


香織は我に返った。

目の前に陽一の顔がある。慌てて、陽一の胸を押し返した。


「・・・おい!」


香織は急いで陽一の腕の中から逃げ出すと、庭に飛び出した。


(ヤバい、ヤバい!マジ落ちる!!)


涙を拭き、両頬ベシベシ叩きながら、昌子の傍まで走っていくと、


「おばあちゃん、ごめん!手伝いもしないで!」


何事もなかったかのように、元気な声で話しかけた。


「いいの、いいの!バーベキューの準備はほとんどホテルの人がやってくれてるんだから。こっちで準備したのは魚だけよ」


昌子はトングをカチャカチャ鳴らしながら、網の前で楽しそうに、肉と魚に対峙していた。


香織は自然を装い、昌子の隣をキープした。

チラッと陽一を見ると、苛立たし気に自分を軽く睨んでいる。

そして口元を見ると、


〔逃がすか〕


と言っているのが分かった。


(ひぃ・・・)


香織は昌子の陰に隠れるように、肩を竦めた。

これから、この局面をどう乗り切るか?そう思案した時だった。


「ずいぶん、楽しそうね。お父さん」


聞き覚えのある美しい声が聞こえた。

声の方に振り向くと、そこには仁王立ちしている綾子の姿があった。


(女神!!)


香織は思わず、両手を顔の前で組んだ。


(やっぱり、お母さまは救世主!)

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