<21> 陽一マジック

連れて行かれたショップは、都会のように洒落た水着は置いていない。

無駄な買い物をしたくない香織は、数少ない水着の中で、気に入った物を必死に探していた。


それにイライラしたのか、陽一は10点ほど一気に掴むと、さっさと購入してしまった。


(ええ~~!?)


香織は目が点になって、陽一を見ていると、


「どうせ、大して気に入ったのは無かったんだろ?今日一日だけだし、この中から適当に選ぶことで、我慢しろ」


そう言って、さっさと車に向かっていく。

香織は慌てて小走りで追いかけた。



                    ☆



海水浴場に着いてからは、香織はもう陽一の思う壺だった。


自分の置かれた立場をすっかり忘れ、綺麗な海に、子供のようにはしゃぎまわり、陽一に買ってもらった浮き輪を片手に海に飛び込んで行った。


浮き輪を被って海の沖の方に向かってパチャパチャと進んでいると、すぐに陽一が追い付いてきた。


「陽一さん、泳げるんですね」


自分の浮き輪に捕まった陽一に、感心したように香織は声を掛けた。


「・・・って言うか、お前、泳げないのに先行くか、普通」


「あのブイのところまで行きたいんですよ~」


「ガキかよ・・・」


陽一は香織の浮き輪の紐を掴むと、沖に向かって泳ぎ出した。


「うわ~、進んでる、進んでる!すごい、すごい!」


キャッキャ笑う香織に、陽一は満更でもない気持ちになり、水を蹴る足に力が入る。

ブイのところまで来ると、香織は海に張られているロープに手を伸ばした。


「わー、すごい!こんな沖まで来た!」


そして満足そうに陽一を見ると、海岸を指差した。


「ほら、あんな遠いですよ!」


陽一は、興奮気味に話している香織の浮き輪に捕まると、香織の顔に近づいた。


「ここまで連れてきたのは俺だけど、なんか褒美はないの?」


「へ?」


「分かってるくせに。ほら」


陽一は目を閉じて、唇を突き出した。


「何言ってんですか!」


香織は慌てて顔を背け、浮き輪を掴むと、陽一から引き剝がそうとした。


「へえ、ずいぶんだな」


陽一は、香織の反応を面白そうに笑うと、


「この浮き輪も、俺が買ってやったんだけど。褒美がもらえないなら返してもらうから」


香織から無理やり浮き輪を奪おうとし始めた。


「ちょ、ちょっと!無理無理!浮き輪無いと死ぬ!」


香織は浮き輪にかじりつき、陽一を睨んだ。


「ふーん、じゃあ、褒美だな」


陽一は勝ち誇ったように笑うと、香織の唇に自分の唇を近づけた。


「ほら」


陽一からはしてこない。香織は固まってしまった。

陽一は更に意地悪く笑うと、


「浮き輪」


と呟いた。


香織は観念したようにため息を付くと、自分の唇を陽一のそれにそっと合わせた。



                   ☆



(結局、満喫してしまった・・・)


香織はコテージの戻る頃になって、やっと我に返った。


沖から海岸に戻った後も、陽一のプロデュースは完ぺきだった。

次に待っていたのは『初心者でも安心!シュノーケリング』。

あなたもウミガメと泳げる!のキャッチフレーズに、香織は心を鷲掴みにされた。


泳げない香織が、素潜りを体験し、ウミガメを目の前で見たことに興奮が止まらない。

我を忘れて夢中で楽しんでしまうという、陽一の手中にまんまと嵌ってしまった。


コテージに戻ると、年寄三人組も帰ってきていた。

この三人の興奮も冷めていない。


「大漁!大漁!ハハハー!」


「こっちは刺身!こっちはBBQ!」


「陽一君たちもお夕飯楽しみにしててねー」


とっても楽しそうにしている三人に、陽一はにこやかに対応している。


(あぁ、こっちも陽一マジックに掛かってる・・・)


マジックが解けた香織は、さっきの興奮が一気に冷め、どっと疲れに襲われた。

ソファに座り込むと、老人とマジシャンの姿を、もはや敗者の目で眺めた。

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