<23> まさかの展開

「綾子!」

「チッ・・・」


仁王立ちの綾子を見て驚く太一郎の声に、陽一の舌打ちする声はかき消された。

綾子はつかつかっと陽一の傍に来ると、


「どういうことかしら?」


と詰め寄った。


「別に、おじいさん孝行だけど、何か?」


陽一は澄まして肩を竦めた。


「そ、そうだぞ、綾子!陽一が俺たちのために、旅行を計画してくれたんだ!決して香織ちゃんとくっつけようなんて魂胆はないぞ!」


「おい、太一郎!」


「ああ、いけねぇ!」


(やっぱり、おじいちゃんたちもグル・・・)


香織はガックリと肩を落とした。そしてチラッと昌子を見た。

昌子は驚いたように、トングを片手に固まっている。

そして、昌子も香織に振り向いた。


「何?おばあちゃん、良く分かっていないんだけど。あんた達、恋人同士じゃないの?おばあちゃんはそう聞いたけど?」


「いいえ、違います」


香織が答える前に、綾子が答えた。


「父が勝手に暴走しまして・・・。お宅のお嬢様と、うちのドラ息子を引き合わせてしまいまして。大変失礼いたしました」


綾子は昌子に頭を下げた。


「こんなドラ息子でも、佐田にとっては一人息子でございますので。実は他所様からも色々と良いお話を頂いております。残念ですが、お宅のお嬢様とは・・・」


「そうよねぇ!おかしいと思ったよ!」


綾子の言葉を遮り、昌子はカラカラと笑いだした。


「この二人が恋人同士なんてねぇ。だって、香織にこんな男前、捕まえられるわけないもの。ねえ?」


「ねえって言われても・・・」


香織は口ごもった。


「そんなことより、あなた、綾子ちゃんね!いやだぁ!こんな綺麗な奥様になっちゃって~!」


昌子はトングを置くと、手を叩きながら綾子の方に寄ってきた。


「ちょっと、ちょっとよく顔を見せて!小さいときから可愛い顔していたもんねぇ!」


傍によってきて、自分を嬉しそうに見つめる昌子に、綾子はたじろいだ。

そんな様子を気にも留めず、昌子は綾子の両手を取ると、優しく撫でた。


「佐藤さんから、大人になった綾子ちゃんの写真を見せてもらっていたけど、実物はもっと美人さんねぇ!」


「え、えっと・・・、父とお知り合いですものね。小さいときにお会いしたことがあったのでしょうか?」


「そうよぉ!昔ね、たまーに佐藤さんがうちに連れてきてくれてねぇ。うちの香世子とよく遊んでもらってたよ」


「え?お母さんと?」


香織は思わず、口を挟んだ。


「そうそう。二人で、畑で悪戯してたんだよ」


昌子は困惑気味の綾子を、目を細めて見つめた。


「香世子も生きていたら、このくらい品のある奥様になっていたかねぇ・・・」


綾子は昌子に優しく見つめられ、握られた手を引くに引けず、どうしていいか分からなくなり、香織に目で助けを求めた。

それに気が付いた香織は、慌てて、


「ちょっと、おばあちゃん!」


と、昌子の腕を引っ張った。


「ああ!ごめんねぇ。つい、懐かしくて」


昌子は我に返ったかのように綾子から手を離すと、またカラカラと笑いだした。


「せっかくだから、綾子ちゃんも一緒に食べてって!魚、大漁だったんだから!」


「い、いえ・・・。私は・・・」


「安心して。綾子ちゃんの立場は分かってるから!」


昌子は綾子の背中をポンポンと叩きながら、さりげなく、庭のテーブルの方に誘導した。

そして、小声で綾子に囁いた。


「いいお宅に嫁いだってことは、それだけの重責はあるよね。佐藤さんもいつも綾子ちゃんの事を心配しているよ。娘が背負っている荷が大きすぎて可哀相だって」


「父が・・・?」


「そうよ。ああ見えて、いっつも綾子ちゃんの写真を持ち歩いてるの」


「・・・」


昌子は最後に、ポンと綾子の背中を叩くと、バーベキューのコンロの前に戻った。

そして、トングをカチャカチャさせながら、


「確かに、香織が嫁じゃ心もとないよねぇ。なーんにもできない子だもの。部屋の掃除も満足にできないんだから」


そう言って笑うと、魚や肉を皿に取り分け始めた。


「料理だって大したもの作れないしねぇ。ホントに一人暮らしが心配でしょうがないよ、おばあちゃんは」


「ちょっと、言い過ぎだよ、おばあちゃん!ちゃんとご飯作ってるし!部屋もきれいだし!」


「さあ、どうだかねぇ」


昌子はニヤニヤしながら香織を見ると、陽一の方に皿を持って行った。


「陽一君も悪かったねえ。おじいちゃんたちの茶番に付き合わせちゃって」


「いや、僕は祖父の頼みだからというわけではなくて・・・」


「いいの、いいの!そんな気を使わなくて!こんな子貰っても苦労するだけだから!」


昌子は陽一の腕をバンバン叩いて、皿を陽一に押し付けた。


「・・・」


陽一は黙って皿を受け取ると、チラッと香織を見た。

香織は複雑そうな顔をして二人を見守っている。

陽一はわざとらしく肩を竦めると、小さくため息を付いた。


「そうですね。やはり考え直した方がよさそうですね」


(え?)


陽一の答えに香織は息を呑んだ。思わず、陽一をじっと見つめてしまった。

そんな香織の顔を見て、陽一は意地悪そうに口角を上げた。


(!)


香織は慌てて顔を背けた。不味い、今の顔を見られた!

絶対、今、落胆した顔をしてしまったはず・・・。


香織はチラッと陽一を見た。

陽一は勝ち誇った顔で香織を見ている。


(う・・・、また引っかかった・・・)


香織はヨロヨロと、バーベキューのコンロの前に来ると、勢いよく焼けている肉を睨みつけた。


(くそ~、肉食ってやる!肉!)


香織は皿を肉尽くしにすると、トングのまま肉にかじりついた。

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