<16> 作戦会議

「結局、私が避けていても、呼び出されたら行くしかないんですよね。副社長なだけに」


香織はもりもりパンケーキを頬張りながら、綾子に話した。


「職権乱用ね・・・。まぁ、するでしょうね、あの子の事だから」


「え?認めるんですか?」


「残念だけど」


綾子は軽くため息をつくと、コーヒーを口にした。


「それにしても、一体あの子は、あなたのような普通の子に、何故こんなにも執着しているのかしら?」


「それは私の方が知りたいです・・・」


「身に覚えはないの?」


香織はギクッとした。

思い当たるのは一つある。ホテルの一件だ・・・。

だからといって、あの一夜がそれほど引きずるほどの事とは思えない。

もっと素敵な女性とたくさん一夜を過ごしているはずだ。


(それに、このことは口が裂けても言えない)


「・・・いいえ、ないです・・・」


「そうよねぇ」


綾子はお上品にパンケーキを食べながら、思案している。


「・・・!そうだわ!嫌われればいいのよ!陽一に」


「嫌われる?」


「そうよ。逃げているだけではだめよ。向こうが逃げたくなるほど嫌われればいいわ」


「具体的にどうすれば・・・?あんまりバカっぽい女の振りをするのは、流石に気が引けますけど・・・」


「そんなに、賢くはなさそうだけど」


「う・・・」


封筒の件を言っているのだろう。

香織は返す言葉がない。


「・・・でも、私にも虫けら程度のプライドはあるので」


「プライドねぇ。陽一のプライドはエベレスト並みに高いわよ。流石にそこまでではないかしら。富士山くらい?」


「・・・」


「・・・そう、プライド・・・!そう、それだわ!あなた、陽一からの申し出を断ったのよね?」


「はい」


「つまり、陽一のプライドが傷ついたのよ。だから執着しているんだわ」


「・・・確かに、そんな感じもしないでもないですね・・・」


綾子はフォークとナイフを下ろすと、短くため息をついた。


「もしそうだとすると、少し面倒臭いわ」


「何でですか?」


「言ったでしょ?陽一のプライドは富士山並だって。山なのよ、山。タフなの」


「・・・?」


「スカイツリーのようにただ高いだけで、傷ついたら、ポキッと折れてくれればいいのだけれど、山だもの、折れるところなんてないの。下手すれば噴火するわ」


「ひええっ!」


ふ、噴火!

ああ、もしかして、あのホテルの時?!

自身満々そうな陽一を置いて帰ったあの時?!

あれで、陽一火山は噴火してしまったのか?!


「も、もしそうなら、警戒レベルが低いうちに何とかしないとですね・・・」


「そうね・・・」


綾子はコーヒーを飲みながら思案している。

香織も頭を抱えて、考え込む。


(嫌われる?嫌われるって言っても、今までもかなり失礼な態度を取っていたのに、逆に執着されてない?)


香織がうんうん唸っていると、


「あなた、もちろん今、恋人いないのよね?」


綾子が聞いてきた。


「・・・はい」


「そもそもあなたに恋人がいれば、こんなことにはならなかったのよ」


(それは、お互い様じゃん・・・)


「だから、恋人を作りなさい。私が紹介して差し上げるわ」


「・・・」


香織は目を細めて、綾子を見た。

いやいや、財閥の奥様が紹介してくれる物件って・・・。


「いや・・・。そうなると御曹司ですよね」


「あら、御曹司は嫌?」


「御曹司は不釣り合いだと自覚しているので、陽一さんをお断りしているのですが・・・」


「・・・」


「その御曹司のお宅にも同じようにお断りされますよ、きっと」


「・・・そんなことないお宅もあるんじゃないかしら?」


「でも、私みたいなのを紹介したら、副社長のお母さまの立場も悪くなっちゃうんじゃありません?」


「確かにそうねぇ」


(否定しないんかいっ・・・!)


香織は心の中で突っ込んだ。


「じゃあ、あなたがご自分で探してもらわないと。できるだけ早く」


「簡単に言わないで下さいよ~」


「じゃあ、結婚相談所は?」


「そういうところって、入会金とか高そうですよ。それにお見合いする度にお金取られるって聞きました」


「その費用はこちらで負担するわ」


「え?!本当ですか?」


それならアリかも??

同じ価値観、同じレベルの人をさっさと見つけてしまえばいいのでは?

結婚まで行かなくたって、いい出会いはあるかも!


「でも、恋人ができても、結婚相談所で見つけたって陽一にバレたら、さらに火が付きそうね・・・。やっぱり、あなた自身が誰かに恋してもらわないと・・・」


「・・・」


「それか、どうにかして嫌われてもらうか・・・」


「・・・どっちもハードル高いですね・・・」


「あら、嫌われない自信がありそうな言い方ね」


「そ、そういう意味じゃありません!」


香織は慌てて首を振った。

それを見て綾子は意地悪そうにニッと笑う。その笑い方は本当に陽一にそっくりだ。

香織は思わず見惚れてしまった。



結局、話し合いの結果――

・一つ目は『恋人を作る』

・二つ目は『嫌われる』


この二つが有効とされた。

ただし、「一つ目の『恋人を作る』は下手をすると、自負心を傷つけて、逆効果になる可能性があるから注意が必要」と付け加えられた。



                 ☆



カフェを出るとき。香織が会計をしようとすると、綾子がサッと伝票を奪い、支払いを済ませてしまった。


「え?!ここは、私がお誘いしたのに」


「気にしないで」


「すいません。ご馳走様です」


香織はお礼を言って、深々とお辞儀をした。

そして、時間を確認しようとスマホを取り出し、画面を見ると固まってしまった。


スマホを見て驚いている香織に、綾子は嫌な予感がした。

香織の携帯を覗き込むと、案の定・・・。


「陽一さんからの、着歴がすごいです・・・」


「はあ・・・」


綾子は深くため息をついた。

自分の息子ながら、呆れてものが言えない。こんなにも粘着タイプだったか?


(情けない・・・。これじゃ、ストーカーじゃないの・・・)


綾子は眉間に手を当てると、困り果てている香織に向かって、


「とりあえず、無視しておきなさい」


そう言うと、西川の待つ車に戻って行った。

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