<15> 打ち合わせ場所

翌日、綾子は香織に指定された場所に出向いた。

年休を取るから、会ってほしいと香織から懇願されたのだ。


西川に連れられて、たどり着いたカフェには、長い行列ができていた。

綾子はその光景を呆然と見つめた。

行列の前の方に並んでいる香織の姿がある。


「信じられない、こんなところで打ち合わせなんて!」


「・・・一時間以上前から並んでいらっしゃるようです」


唖然としている綾子に、西川も少し呆れたように伝えた。


「何を考えているの、あの子は」


綾子は眉間に手を当てると、


「あの子を呼んできて」


と西川に言った。


「残念ながら、もう遅いようです」


綾子が顔を上げると、丁度、店員に呼ばれている香織が目に入った。

店員と何かを話しているようだ。

香織はキョロキョロと周りを見渡すと、綾子を見つけたようだ。

店員に綾子を指差して、何かを伝えると、綾子に向かって手を大きく振った。


「このお店はお客が全員揃わないと入れてくれないそうです」


西川は静かに言った。


「・・・」


「もう既に、何組か先に店内へ通されているかもしれませんね」


「・・・」


「この暑い中、一時間以上も待つなんて、いやいや、若くても大変でしょうね」


「・・・西川、車で待っていて頂戴・・・」


「はい。いってらっしゃいませ」



                  ☆



綾子は店に入ると、その内装のあまりの可愛らしさに目を剥いた。

香織はそんな綾子には気が付いていないようで、鼻歌交じりにメニューと取ると、綾子の前に広げて見せた。


そのメニューの内容も、その内装に負けず劣らずの、フルーツたっぷりの可愛らしいパンケーキが並び、綾子の目はますます丸くなった。


普段、綾子はホテルのラウンジやサロン、ブランドブティックのカフェなどの高級店しか使わない。

娘もいないので、可愛らしいカフェなどに縁が無かった。


周りを見渡すと、若者同士が多いが、母娘の姿もかなりある。

娘に連れて来られないと入れない母親は、皆同じく嬉しそうにしている。


「ただでさえ、後ろ向きな打ち合わせなんですから、せめて美味しいものを食べながら話し合いましょうよ!このお店、前から来たかったんですよ!」


香織はワクワクしながらメニューを覗いている。


「平日でもこの混み具合ですよ。休日はホント凄いんです。入れてよかったぁ!」


「・・・」


綾子は香織の能天気さに呆れてしまった。

だが、同時に、この可愛らしいパンケーキに目を奪われている自分もいる。

しかし、自分のプライドが邪魔をして、注文する勇気が出ない。


「コーヒーだけでいいわ・・・」


「何をおっしゃっているんですか!これから作戦会議ですよ!コーヒーだけじゃ済みませんって!」


「そ、そう?」


「そうですよ!相手は強敵です。がっつり糖分捕って、しっかり考えないと!」


「そう、それもそうね」


結局、香織の訳の分からない理屈に釣られるがまま、かなり可愛らしいパンケーキを注文してしまった。


パンケーキがテーブルに運ばれてくると、写真よりもずっと可愛らしく、美味しそうで、綾子も香織も自然と悲鳴が出た。


「まあ!」

「きゃ~!」


香織はすぐにスマホを出し、写真を撮り始めた。


「まあ、はしたないわよ」


「ごめんなさい。そうなんですけど、可愛くって!」


香織は目の前のパンケーキを写真に収めると、スマホを綾子に向けた。


「ささ、副社長のお母さまも!」


綾子は驚いて、


「結構!」


手を振った。

しかし、目の前の食べるのももったいないほどの美しいパンケーキに心が揺れる。

周りを見ると、自分と同じくらいの年齢の母親が、素直に娘に写真を撮られている。


「じゃあ、副社長のお母さまのスマホで撮ってあげますよ。ご自分のなら安心でしょ?」


「そ、そう?じゃあ、お願い」


香織は綾子からスマホを受け取ると、パシャパシャ撮り始めた。


「いいですよ~!可愛い~、お母さま!!パンケーキも素敵!」


カメラマンのようにおだてる香織に思わず、可笑しくて吹いてしまった。

そして、撮れた写真を見て、自分でも驚いた。


正直、綾子は自分で美人だと自覚している。

しかし、この写真は美人というより、どこか可愛らしく映っている。

ツンと澄ましている自分ではない。

どこか懐かしい表情だ。いつからこんな表情をしなくなったろうか・・・


「・・・」


「・・・?もっと撮ります?」


「いいえ!結構。いただきましょう」


「そうですね~♪いただきま~す!」


香織は両手を前に合わせると、早速、パンケーキを頬張った。

何とも言えない、ふわっふわの食感と、フルーツとジャムとクリームのハーモニーが口の中にいっぱいに広がる。


「幸せ~~!並んだ甲斐があった~~!」


綾子を見ると、彼女も満足なのか、目元も口元も緩んでいる。

しかし、香織と目が合うと、キリっとした表情になった。


「これを食べることが目的ではないのよ!分かっているわね!」


「もちろんです!!」


香織は大きく頷いた。そして、ぐっとガッツポーズをした。


「美味しいものを食べて、良い策を考えましょう!」

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