<13> イケメン恐るべし

翌朝、香織が家を出る前に、西川が100万円を持ってきた。

香織はそれを大事に抱え、会社に出社した。


『今日昼飯なし

 夕飯は連絡する』


「チッ・・・」


お昼休み中に、さっさと陽一に100万円を渡してしまおうと思っていたのに、L●NEにメッセージが入っていた。

香織は思わず舌打ちした。


(しかも、何、この文章。旦那かよ・・・)


いつもなら会いたくない相手なのに、今日は早く会いたかった・・・。

なんてツイてない・・・。


香織はため息をつきながら、財布を持って、外にランチに出かけた。



                 ☆



就業後、香織は会社から離れたコーヒーショップで陽一を待っていた。

陽一には1階のロビーで待っていろと言われたが、断ったのだ。


(まったく、会社のロビー何て、冗談じゃない。誰かに見られたらどうすんのよ)


香織は入社してから今に至るまで、社内のうわさに関して、全く興味がなかったので、とても疎かった。


だから、ここの会社の副社長が、高学歴で高身長でイケメンで、且つ独身!ということで、女子社員から圧倒的な支持を受けていることなど露程にも知らなかったのだ。


(そんな人とお昼一緒に行ってたなんて、なんて危険なことをしていたのかしら)


あんなイケメン御曹司と噂なんぞになったら、目も当てられない。

改めて、とんでもない物件にロックオンされたものだと、香織は身震いした。


窓際の席に座り、スマホでy●hooニュースを見ながら、アイスコーヒーを飲んでいると、顔の横でコンコンと音がした。


顔を上げると、店の外から窓をノックしている陽一がいた。

香織に向かって、人差し指をクイクイっと曲げて「出てこい」と合図を送ってくる。


(チッ・・・)


どうやら、陽一はコーヒーショップに入ってくるつもりはないようだ。


(ここで渡せたらと思っていたのに!)


香織は目を細めて陽一を見ながら、ぢゅ~っと一気にアイスコーヒーを飲み干すと、小走りで店を出た。


「げっ!」


店を出て、見えた光景に香織は目を剝いた。


ピッカピカに黒光りしているスポーツカーの横に、陽一が立っていた。

近くを通る誰もがチラチラと車と陽一を見ている。


NSXと長身のイケメン・・・。


(近寄れるかっ!)


香織は思わず、後ずさりした。

くるりと180度向きを変え、走り去ろうとしたとき、首根っこを掴まれた。


「・・・どこに行く気だよ」


「・・・お店に忘れ物を・・・」


「嘘をつくな」


そのまま、ずるずる引きずられるように連れて行かれると、車の助手席のドアを開けられた。


「どうぞ」


扉を開けている陽一の姿は、イケメンそのものだ。完璧だ。

その意地悪そうな笑みさえなければ・・・。


(く~、絶対わざとやってる・・・)


周りを通り過ぎる人たちは、遠慮がちだが、みんな自分たちを見ている。

視線が痛い。


香織はその視線から逃げるように、車に乗り込んだ。

急いでシートベルトをすると、持っていたバックで外の人から見られないように顔を隠した。


「なにやってんだ?」


運転席に乗り込んだ陽一が、呆れた顔で香織を見た。


「・・・身の安全の確保です」


「は?」


「いいから、もう早く発進してくださいよ~!誰か知っている人に見られたらどーすんですかっ!」


「俺は全く困らないけど?」


「こっちは困るんです~!」


香織は顔を下に向けたまま、ギアを握っている陽一の手を、バチバチ叩いた。


「ふーん」


陽一はふっと笑うと、車を発進させた。



                  ☆



(今日もおいしゅうございました・・・)


香織は満腹な腹を満足げに摩りながら、目の前の夜景に見惚れていた。


(・・・って、見惚れている場合じゃない!なんじゃ!このキラキラなデートスポットは!)


レストランを出て、陽一に連れられるまま、歩いてみれば、目の前は美しくライトアップされた大きな橋、そして海。その向こうはキラッキラに輝く都内の夜景。


(あ!東京タワーだ!綺麗~!・・・って、だから違うって!)


香織はブンブン頭を振った。

周りを見渡すと、見事にカップルしかいない。

少し温めの夜の海風が、恋人たちの甘い香りを其処彼処に運び、香織の周りにもまとわりつく。


「ほら」


陽一が手を差し出した。


「!」


香織は自然と右手が動きそうになり、慌てて止めた。

顔が赤くなるのを感じ、それを隠すように、フンっと顔を背けた。

今、手なんて繋いだらアウトだ。この甘い空気の中、あっさりと流されてしまうに決まっている。


(無理無理!)


そっぽを向いていている香織に、陽一は軽くため息をつくと、


「ったく、可愛げのない女だな」


そう言い、無理やり香織の右手を繋ぐと、自分の方に引き寄せた。


「ちょ、ちょっと!」


「何だよ。いいだろ、これくらい」


(いやいや、良くない!良くない!)


「誰も見てないって。もし、知り合いがいたとしても、この通り、みんな自分たちの世界に入ってるから、他人の事なんて目に入らないだろ」


陽一はニッと笑うと、香織の頬にキスをした。


「◇☆●!!!」


「こんなことしても、隣のカップルは俺たちの事なんて見てないぜ」


香織は目を白黒させながら、陽一が顎で指している方向を見ると、今度は目玉が飛び出そうになった。

お隣さんは自分たちよりも、もっとずっと濃厚なものをしている最中だった。


「な?」


陽一は悪戯っぽく笑うと、香織のおでこを人差し指ではじいた。


「・・・ったぁ」


「ま、とにかくお前は食い過ぎだ。車に戻る前に、少しは歩いて消化させろ」


陽一は香織の手を引くと、スタスタと歩き出した。


香織はこの甘ったるい空気が漂う公園を、陽一に引っ張られながら歩いた。

心なしか、街の夜景が、さっきよりキラキラして見える。

甘い香りもますます濃厚になっている気がする。


(うう・・・、ヤバい・・・。ヤバいって・・・)


香織はそっと陽一を盗み見た。

夜なのに、朝日を浴びている様に、まぶしく見えるのはなぜだ・・・。

香織は陽一と繋がれている右手を見た。


(振り払わないと・・・)


そう思いながらも、香織は陽一の手を握り締めて、夜の公園を歩き続けた。

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