<11> アクシデント

写真を撮るのを止めて、二人並んでゆっくり池の周りを歩き始めた。


暫く歩いていると、前から一人の少年が、キックボードに乗って向かってくるのが見えた。


それと同時に、後ろから携帯を見ながら自転車に乗っている女性がいた。


前から来る少年には気が付いていたので、陽一も香織も気を付けていたが、後ろから自転車が近づいている事には気が付かなかった。

自転車が二人を追い越そうとした時、運悪く、キックボードの少年とぶつかってしまった。


ぶつかった衝撃で自転車の女性は、陽一の方に倒れてきた。

陽一は咄嗟にその女性を支えた。

少年は反対側に転んだが、ヘルメットも膝あても肘あてもしっかりして、フル装備だったので、問題ないようだった。


「すいませんでした!」


少年はすぐに立ち上がると、自転車の女性と陽一たちに頭を下げた。


「こちらこそごめんなさい!」


女性も少年と陽一たちに謝り、陽一から離れようとした。


「あれ・・・?」


「え゛・・・」


自転車の女性と陽一は固まった。

よく見ると、彼女の長くパーマがかかったような髪の毛が、陽一の腕時計のヒューズとバンドに絡まって、離れられなくなっていた。


陽一は急いで腕時計を外し、香織に髪を解くように頼んだ。

もちろん、女性に対する配慮だ。見知らぬ男性が髪の毛を触るより、女性の方がいいだろうと思ったのだ。


香織もすぐに腕時計を受け取ると、髪の毛を解こうとした。

しかし、なかなか解けない。


「あ、あれ・・・?取れない・・・。ごめんなさいね。痛くないですか?」


女性の髪の毛を気遣いながらも、必死に解こうとしていた。

だが、なかなか自由にならないことに女性はイラついたのか、


「自分の髪の毛なんて、どうでもいいですよ!」


と言うと、力任せに引きちぎった。


(ええ~っ!!)


香織は声にならない叫び声をあげた時には、女性の体は離れていた。


「本当にすいませんでした。ご迷惑おかけしました」


自由になった女性は、陽一と香織に深々と頭を下げると、自電車に乗り、さっそうとどこかに行ってしまった。


香織は髪の毛がたくさん絡まった腕時計を陽一に差し出した。


「・・・」


「・・・」


陽一は、何とも言えない顔をして、自分の腕時計を見ている。


(人助けした上に、この仕打ち・・・。流石に可哀相だね)


香織は気の毒になって、丁寧に髪の毛を取り始めた。

かなり絡まっているので、思ったより取るのに時間がかかる。

最後の方には香織もイライラしてきた。


そして、最後の一本になった。この一本が太くてしぶとい。


イライラの絶頂に達しつつあった香織は、少し乱暴に髪を引っ張った。

それが、間違いの元だった。


引きちぎろうとした勢いで、手が滑り、腕時計を落としてしまったのだ。


「!」


落としてしまった腕時計は転がっていき、こともあろうに、蓮の池に落ちて行った。


「・・・・」


「・・・・」


「す、すいません!弁償します!!」


「オメガのスピードマスター、150万円くらいだけど。税抜き」


「・・・」



                  ☆



すでにその時計に嫌気がさしていた陽一は、実際は怒ってなどいなかった。

他にも腕時計はたくさん持っている。

だが、香織の動揺は想像以上に凄かった。

なので、ズルいと思いつつも、それに乗っかることにしたのだ。


交渉の末―――

・150万円を100万円にまける。

・一日1万、100日間は交際する。


という条件で、折り合いをつけた。


「その間に必ずお前を落とすから」


そう宣言する陽一を尻目に、香織は人生で一番大きなため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る