<10> 強制デート

香織は引きずられるように美術館に連れて来られた。

だが、来てしまえば、ずっと見たかったオルセー美術館展だ。

香織は、陽一の事などすっかり忘れて、自分の世界に入り込み、夢中になって美術展を観覧した。


しかし、展示室を出た瞬間、絵画の余韻もそこそこに、一気に現実に引き戻された。


問題はこれからだ。どうこの難局を乗り越える??

相変わらず、香織のバッグは陽一が持っている。


(まずは、バッグを奪還しなければ!)


香織は歩き疲れたので、美術館併設のカフェで休みたいと、陽一に訴えた。


カフェに入り、飲み物を注文すると、


「あの、お手洗いに行くので、バッグ返してもらっていいですか?」


と、おずおずと切り出した。

お手洗いは、このカフェの外だ。上手くいけばこのままトンズラできる!


すると、陽一はあっさりバックを返してくれた。


「!」


今までの行動が嘘のように、何も言わず返してくれたので、思わず陽一を見つめてしまった。


「・・・そのまま、帰るつもりだろ?」


「う゛・・・」


図星を突かれ、香織は固まった。

陽一はため息をつくと、寂しそうに香織を見た。


「悪かったな。振り回して」


「・・・」


「確かに強引だった。もし、本当に嫌だったら、このまま帰ってもいい。俺は待っているから」


「・・・」


あまりにもしおらしい対応に、香織は言葉が出てこなかった。

反対に、このまま逃げてしまおうと思っている自分に、とんでもない罪悪感を覚えてしまった。


(確かに、このまま帰るのは不誠実?・・・不誠実だよね・・・)


トイレの鏡の前で、香織は自問自答を繰り返す。

とは言え、このままデートを続けることは、綾子に対しての裏切りになる。


「はぁ~~」


香織は大きく溜息をついて、結局カフェに戻って行った。


もちろん、陽一は香織が戻ってくることを見越しての言動だった。

予想通り、戻ってきた彼女の人の好さを、陽一はますます気に入った。


こうして香織は、まんまと陽一とのデートを続ける羽目に陥ってしまった。

その上、もう逃げることはないと、診断されたようだ。

自分のものは自分で持て言われ、バッグは香織の手元に戻ってきた。



               ☆



美術館を出た後、二人は近くの大きな公園を散歩し始めた。


7月に入って、蓮の花の美しい時期だ。

二人は公園にある蓮の池の周りを散歩した。


たくさんの人が美しい蓮の花に足を止めて、写真を撮っている。

香織も例に漏れず、スマホでバシャバシャ撮りだした。

そして渾身の一枚を陽一に見せた。


「へえ、なかなか上手いな」


「へへへ~!」


陽一も自分のスマホを取り出すと、一緒になって写真を撮り始めた。

そして、撮れた写真を香織に見せた。


「っ!!上手っ!」


絶妙なアングルとピントの調整。自分の写真よりよっぽど綺麗だ。

香織は悔しくなり、陽一のスマホを見た。


「これ、私のよりよっぽどいい機種ですよね~」


「自分の腕前を機種のせいにするな。今どきのスマホはどれもカメラ機能はいいぞ」


(ま、確かにそうだけど・・・)


頭の中では納得しつつも、少し拗ねた態度を取りながら、香織はまた蓮の花に向き合った。


「おい、こっち向け」


突然、呼ばれて振り向くと、陽一のスマホのシャッターが押された。


「ちょっと、ビックリするじゃないですか!」


「もっと左に寄れ、そっちの方が綺麗だ」


香織は戸惑いながらも、言われた通りにした。

陽一は何度もシャッターを押す。

香織はだんだん自分の顔が赤くなってくるのが分かり、慌てて顔を背けた。


「なんだよ、こっち向けって」


「もう、いいですよ!勘弁してください」


香織は手で顔を隠し、ひらひらと掌を振った。


「へえ、照れてるの?」


陽一は意地悪そうに笑う。


「違います!撮るのは好きだけど、撮られるのは好きじゃないだけです!」


「ふーん」


陽一は最後にもう一枚だけ香織の写真を撮ると、スマホをポケットにしまった。

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