<9> 救世主!?

食事が終わったら一目散に帰ろうと、香織はタイミングをずっと見計らっていた。

だが、陽一がそれを見逃すはずがない。

レストランを出ると、さりげなく手首を掴まれた。


幸之助と太一郎は、お手本通りに


「では、後は若者同士で~~!」


と、さっさと帰っていく。

にこやかに笑って手を振る陽一の横で、香織は情けない顔で二人を見送った。


(あきらめるな!まだチャンスはあるはず!)


香織はぎゅっと拳をにぎると、陽一がため息をついた。


「・・・。お前って本当に分かりやすいな」


「へ?」


香織は不思議そうに陽一を見ると、陽一は香織から手を離した。

そしてすぐに、香織のバッグを奪うと、


「重いだろう。持ってやるよ」


と言い、スタスタ歩き出した。


「うそ・・・、ちょっと!」


慌てて陽一を追いかける。


「いいですよ!自分の荷物ぐらい自分で持ちます!」


追い付いた香織は、陽一からバッグを奪い返そうとするが、サッと反対側に持ち変えられて、手が届かない。


「遠慮するな。紳士たるもの、女性に荷物は持たせられないからな」


そう、わざとらしく言うと周りを見渡した。香織も釣られて周りを見渡す。

するとどうだろう、女性の荷物を持っている男性の何と多い事か!


「でも、陽一さんってそういうタイプじゃないでしょ!」


「へえ、良く分かってるな、俺の事」


陽一は意地悪そうに笑うと、ロビーに向かって歩き出した。

香織はガックリと肩を落とすと、すごすごと後を追いかけた。



                  ☆



陽一はラウンジまで来ると、足を止めた。

陽一の真後ろを、ブツブツ文句を言いながら歩いていた香織は、そのまま陽一に激突した。


「痛っ・・・!なに?」


鼻を押さえ、陽一を見上げた香織は、そのまま横から顔を出し、前を覗き込んだ。

そこにはなんと綾子の姿があった。


綾子は同世代の中年の男性と、その男性の秘書らしい女性と三人で立ち話をしていた。

にこやかに笑っている綾子は、先日、香織と話した時とは別人のように、穏やかで美しい。


(救世主!!)


香織は思わず、両手を前で合わせると、拝むように綾子を見た。


香織の念が届いたのか、陽一の視線が強かったのか分からないが、綾子はこちらに気が付き、驚いた顔で二人を見つめた。


綾子の様子に、一緒にいた紳士もこちらに振り向くと、にこやかに手を振ってきた。

陽一は、綾子たちの方に近づいていく。香織も慌てて陽一の後を追った。


綾子は、ギロリと香織を睨みつけると、そのまま、陽一をも睨みつけた。

香織は誤解されたと焦り、


〔だ・ま・さ・れ・ま・し・た!〕


と、陽一を指差し、口パクとジェスチャーで何とか綾子に伝えようとした。

香織の動作が視野に入り、陽一はチラッと振り返るが、香織は慌ててそっぽを向き、白を切った。

綾子はそれを見て、深くため息をついた。


そんな綾子と香織のやり取りなど、全く気が付かないのか、紳士はにこやかに陽一に話しかけてきた。


「久しぶりだね。陽一君」


「ご無沙汰しております。宍倉社長。お元気ですか?」


「ハハハ、この通り!」


二言三言話すと、紳士は香織を見た


「こちらの女性は?もしかして、陽一君の恋人?」


「ええ」


香織はギョッとした。慌てて否定しようと、首をブンブン振ったが、陽一に肩を抱かれて、


「原田香織さんです。どうぞよろしく」


と、紹介されてしまった。


「これは、可愛らしいお嬢さんですね。私はしがない不動産屋をやっております、宍倉といいます。よろしくお願いしますね」


「大手不動産の社長さんだ」


陽一はそっと付け加えると、目で香織に挨拶するよう伝えた。


「・・・・原田と申します・・・」


香織は、消え入りそうな声で挨拶すると、ちらっと綾子を見た。

綾子は鬼のような形相で香織を睨んでいる。


(・・・やばい・・・!)


香織はもう泣きそうだった。嫌な汗がどんどん噴出してくる。


「いやぁ、可愛らしいお嬢さんで羨ましいですなぁ。佐田さん。うちの息子もさっさと嫁を貰って欲しいと思っているのですが、なかなか良縁に恵まれなくてね」


「ホホホ・・」


綾子は引きつるように笑っている。


「おお、そうだ!これからお二人はデートかな?」


「えっと、私はこれから用事が・・・」


香織は何とか陽一から逃れようと、身をよじりながら小声で答えたが、


「ええ、これから出かけるところです」


陽一は、香織の返答に被せるように答えると、肩をガシッと抱きなおした。


「そうか、ではこれをあげよう。良かったら行ってみて」


そう言ってチケットらしいものを二枚取り出して、陽一に見せた。

それは、オルセー美術館展のチケットだった。


「あ、オルセー!」


思わず香織は食い付いてしまった。

しまった!と口を押えた時はもう遅かった。

横を見ると、ニッと笑う陽一の顔。前を見ると、般若のような綾子の顔・・・。


「彼女、絵画が好きなんですよ。ありがとうございます」


陽一はチケットを受け取ると、香織の腕を取り、引っ張るようにその場から立ち去った。

香織は綾子に縋るような目で訴えたが、紳士の手前、貴婦人らしく振舞っている綾子には成す術がない。

そのまま二人を見送るしかなかった。

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