<5> 副社長

翌月曜日。香織はいつも通り出社した。

昨日の出来事を忘れるかのように、仕事に没頭し、気が付くとお昼間際だった。


いつも、昼休みのベルが鳴る少し前に、会社を出てランチに向かう。

今日もいつも通り、外に行こうと席を立った時、部長に声を掛けられた。


「原田さん、ちょっといい?」


「はい」


すぐ近くの打ち合わせブースに座るのかと思いきや、部長はどんどん進んでいき、廊下に出て行ってしまった。


「???」


香織も続いて廊下に出ると、そのまま部長とエレベーターに乗り込んだ。

部長は『13』のフロアボタンを押した。


「・・・!?」


13階は役員フロアだ。私が一体ここになんの用事があるのだろう?

香織は首を傾げて、部長を見た。しかし部長は無言だ。

エレベーターを降りると、部長が静かに口を開いた


「副社長がお呼びだそうだ」


「はい?」


「実は詳しい話は聞いていない。君に用事があるそうだよ」


「???」


目が点になっている香織の肩を、部長は気の毒そうにポンポンと叩くと、サッと踵を返し、そそくさとエレベーターに乗り込んで、階下に降りて行った。


(え~~~??)


一人残された香織はそのフロアで立ち尽くしていると、一人の女性が近づいてきた。


(秘書室の人だ)


名前は知らないが、顔は知っている女性がやってきて、声を掛けてくれた。


「原田さんですよね?」


「はい。原田です。お疲れ様です」


「副社長がお待ちです。こちらへどうぞ」


「・・・」


香織は仕方なく、秘書の後をすごすごとついて行った。正直生きた心地がしない。

副社長室の扉の前に着くと、秘書が扉を叩いた。


「原田さんがお見えです」


中からの返事を待つ前に、秘書は扉を開けた。

そして一礼すると、香織に中に入るように促した。


「失礼します・・・」


香織は頭を下げながら部屋に入ると、秘書は扉を閉めて、出て行ってしまった。


香織は恐る恐る顔を上げた。

そして、自分の前に立っている副社長を見て、叫び声を上げそうになった。



                ☆



「よ、よ、陽一さん??」


「・・・ったく、黙って帰るとはいい度胸してるな」


そこには腕を組んで香織を見下ろしている陽一がいた。


「な、な、なんで???」


香織は言葉に詰まった。

確かに、陽一が御曹司とは聞いていたが、自分の会社の副社長とは聞いていない!


「何でって。普通、自分の会社の役員くらいは覚えるだろう?俺から言わせれば、知らなかったのが不思議だ」


確かに・・・。でも副社長の苗字は「佐田」だ。陽一の苗字って「佐藤」じゃないの?


「あ・・・」


香織は、祖父たちのやり取りを思い出した。


『佐田家の為を考えると、金持ちの良家のお嬢さんがいいと思うだろうねぇ』


香織はがっくりと肩を落とした。

酔っぱらってスコンと抜けていた記憶だ。


「それと、お前がこの会社に入社した経緯を思い出してみろ」


「え?」


香織は首を傾げた。

でも、次の瞬間、陽一の言っている意味が分かった。

香織は縁故入社だ。就職難のこのご時世、祖父の幸之助が、友人に頼んでやると言って持ってきた就職先だった。

つまり、幸之助の友人=太一郎だ・・・。


「じいさんがお袋に口添えしたんだろう。佐藤のじいさんはこの会社とは無関係だからな」


香織は真っ青になった。


「どっちにしろ、じいさん同士が知合いなのに、逃げたところで、お前のことを追えないわけがないだろう。浅はか過ぎる」


陽一は、呆れたように香織を見ている。


(でも・・・)


香織は俯いた。


(あの時は、気が動転して、逃げることしか考えられなかったんだもん・・・)


無言のままの香織に、陽一は軽くため息をつくと、


「まあ、いい。とにかく昼飯だ。行くぞ」


「え?」


「昨日の朝食をすっぽかされたからな。今日の昼は付き合え」


そう言いい、香織の手首を掴むと、副社長室から出て、外に向かった。

陽一は足が長い。香織は転びそうになりながら、小走りでついて行った。

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