元魔王×元勇者
人間を支配しようとしていた魔王は、勇者の手によって退治され、世界に平和が戻りました。めでたしめでたし。
それで物語は終わっても、その後の人生は終わらない。
魔王がいなくなった後、勇者はどうやって生きたのか。知っているものは、数少ない。
「今日も可愛い。結婚しよう」
「寝言は寝て言え」
「我を目覚めさせたのは、そなただ」
「俺は封印したつもりだったんだけど?」
勇者が魔王を倒して十年後、三十五歳になった俺は、何故か倒したはずの魔王に求婚されていた。
十年前、とてもギリギリだったが、魔王の胸に伝説の剣を突き刺して勝利を収めた。
「いずれまた、お前達の前に現れるからな!」
炎に包まれ灰になりながらも、呪いのように言い放たれた言葉に不安は残った。
でも一年、三年、五年と月日が経っても、復活する気配はなかった。
そのため、勇者パーティーの必要は無くなり解散した。
俺達は魔王を倒したという功績を称えられて、国から一生遊んでも使い切れないぐらいのお金と地位を与えられた。たぶん国に居続ければ、俺はいつかは国王になれたかもしれない。
でも、俺はそれを選ばなかった。
疲れた。魔王を倒すためだけに努力し、人生の大半を捧げた。
いざ魔王を倒したら、どうしたらいいのか分からなくなったのだ。まるで迷子のように途方に暮れて、そしていつしか勇者という立場で人と関わるのが怖くなった。
恐怖に耐えきれず、何もかもを捨てて俺のことを誰も知らない場所に移住した。
それからの生活は、新発見の毎日だった。
勇者として生きてきたせいで、俺は周りに目を配る余裕がなかった。
自分の手で食べ物を作る喜び、子供達と遊ぶ楽しさ、同い年の人達とはめを外して騒ぐこと、とうの昔に死んでしまった両親ぐらいの年齢の人に優しくされた時に温かくなる心。
そのどれもが初めての経験で、どれだけ俺の人生がおかしなものだったのかを突きつけられた。
このまま穏やかに、勇者だったことを忘れて生きていくのも悪くない。
そう思っていた頃だった。
俺の前に倒したはずの魔王が現れたのは。
「久しぶりだな。勇者よ」
最初、あまりにも自然に挨拶をされたから、普通に挨拶を返すところだった。
誰だかすぐに分からなかったのは、その容姿が俺の知っているものよりも小さく、そして禍々しいオーラが綺麗に無くなっていたからだ。
でもその人間ではありえないほどの整っている顔と、まだ残っていた勇者としての勘が魔王だと告げていた。
どうしてこんなところに、魔王が現れたんだ。
反射的に腰に手をやるが、そこにはもう伝説の剣は無い。それに十年の間に普通の生活を送っていた俺では、もう適う相手ではなかった。
でもここには、俺の大事な人がたくさんいる。さし違えてでも、周囲の人に危険を及ぼすようなことにはしたくなかった。
「ここに何しに来たんだ」
理由なんて分かっている。
果たせなかった世界征服か、俺への復讐のどちらかだ。
近くにあったクワを構えて質問をすると、少し照れくさそうに頬をかいて、そして魔法で抱えきれないぐらいに大きな花束を突きつけてきた。
「我の嫁になれ」
「………………は?」
遠くで朝を告げる鳥が、まるでこの状況を笑うように一声鳴いた。
それからずっと、この俺にとっては意味が分からないやり取りが続いている。
初めは何を企んでいるのかと警戒していたが、あまりにも昼夜問わず毎日のように求婚されるようになったせいで。
「お、今日も朝からお熱いねえ」
「諦めて、さっさと結婚してあげたら?」
「そうしたら、パーティー開かなきゃな!」
「わーい。ごちそうごちそう!」
外堀を埋められる結果となっていた。
みんなは魔王だということを知らないから、こんなふうにからかえるのだ。
それにしても全員が全員、応援しているのはどういうことなのか。付き合いの長さはこっちの方が長いのに、俺の味方がいない。
それもムカつくし、こちらを期待するようにチラチラと見てくる魔王もムカつく。
「俺は絶対に嫁になんてならない! まず男だ!」
いつもと同じ返事を叫んで、俺はその場から走り去った。
胸を押えているのは、走るのが苦しいからで意味は無い、はずだ。
♢♢♢
「あらあら、照れちゃって」
走り去る後ろ姿を見ながら、近くにいた村人の一人が背中を叩く。
「あんたも、もっと強引にいっちゃいなさいよ。あの子は押しに弱いんだから、すぐにコロッとなるから!」
そう言って豪快に笑い、また何度が叩いて仕事に戻っていった。
この体になって、そしてこの村に来て数ヶ月。
人生の中で、今が一番幸せだと自信を持って言える。
魔王だった時は、人間を憎み滅ぼしてやろうと思っていた。
伝説の剣に貫かれ死のうとしていた瞬間も、憎しみは消えなかった。だから気づかれないように、自分の力の一部を遠くに隠して復活する機会を窺っていた。
一年、三年、五年。力を回復するのには、時間がかかった。でもいつか復活することを思えば、全く苦ではなかったのだ。
ふと、自分を倒した勇者はどうしているのかと、見に行こうと考えたのは力がほとんど回復してきた頃だった。
どうせ勇者として崇められて、贅沢三昧でふぬけているのだろう、そう馬鹿にしながら痕跡を辿って見つけた先にいたのは勇者ではなかった。
そこにいたのは、他の人間と何も変わりのない、一人の男だった。
勇者であることを隠し、ひっそりと生活をしている様子を信じられなくて、しばらくの間近くで気配を隠しながら観察していた。
観察を続ければ続けるほど、勇者はただの人間だった。
そんな少し力があっただけの人間が、仲間はいたが魔王に立ち向かって勝利した。
小さなことで喜んでいる姿や、昔のことを思い出して苦しんだり悲しんでいる姿を知って、いつしか憎しみの感情はすっかり消え去っていた。
ただひたすらに存在を欲していて、自分の手の中で優しく包み込むように守っていきたい。そう思うようになったのだ。
「……そうか。強引にいけばいいのか」
最初は警戒していたのに、少しずつ態度が軟化しているのには気がついていた。
ゆっくりと存在を刻みこんでいけばいいと思っていたが、計画は変更だ。
「早く、我の元に堕ちてこい」
こっちは、とっくに堕ちているのだから。
諦める選択肢などない。執着されたのを、運が悪いと嘆かせたりもしない。
今から追いかけて唇を奪ったら、一体どんな表情を浮かべるのだろうか。
想像するだけで笑いが止まらなくて、ゆっくりと逃げていった方へと歩いていく。
魔王を倒した勇者は、平和になった世界で幸せに暮らしました。
そうこれは、まちがいなくハッピーエンドなのだ。
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