08話.[ゆっくりしよう]

「というわけでまさ君、れいの相手をしてあげなさい」

「ゆめの相手はしなくていいのか?」

「私は後でいいの、というか、まさ君と話したいことはあんまりない――いたた!」

「まあそう言うなよゆめさん、ちょっとあっちで話そうか」


 本人を目の前にするともっと素直になれないゆめが連れて行かれてから少しして、田保さんがこっちにやって来た。


「あなたと付き合っていると分かっていてもあれを見ると複雑になるわ」

「まさはゆめのことを気に入っているからね」


 時間の長さ的に仕方がないことだ、一、二ヶ月ぐらいでなんとかできることではないと思う。

 でも、恋愛対象として見ていたわけではないから安心すればいい、本人が言っていたんだからきっとそうなんだ。


「ほいれい」

「うん、一応聞いておくとなにをしたの?」

「この前れいにしたみたいに額を突っついただけだよ。しづ、行こうぜ」


 敵視とまではいかなくても微妙になるからもう少し上手くやるべきだ、そういうことをされて涙目になりたくないならそうするべきだと言える。

 なんか固まって動こうとしないから彼女のクラスに戻すことにしたら、その途中で逆に腕を掴まれて違う場所に連れて行かれることになった。


「前も言ったように私はずっとれいが好きだったけどまさを選ばなくて本当によかったよ、攻撃してくる子の近くには安心していられないからね!」

「ゆめにも原因があるよ、なんでわざと興味がないみたいな言い方をしちゃうのさ」

「そんなのれいに勘違いされたくないからだよ、私がまさと楽しそうに話していたら嫌でしょ?」

「相手はまさなんだよ? そんなこと考えたことはないよ」


 他の男の子ならともかくとして、まさと楽しそうに話しているところを見て嫉妬とかそういうことをしたことはないと神に誓って言うことができる。

 それに僕がそのような人間だったら=として彼女の行動を制限してしまうということにもなるため、いまのままが一番いいだろう。

 だから気にしなくていいと言っておいたのだが、何故か逆に不満そうな顔をされてしまったという……。


「だめだよれい、もっとしっかり本当のところを言っておかなくちゃ」

「これが本当のところだよ、まさと話したいんだったら話せばいいんだよ」


 僕と同じでそれもこれもと求めるかと思えば急にこんなことを言い出すから彼女の相手をするのが難しいときが出てくる。

 言い争いになっているわけではないからまだマシなのかもしれないものの、延々平行線になると似たようなものになるからできるだけ避けたかった。

 まあ、本当のところを吐いてほしいというのはこちらとしても同じで、我慢というのをしないでほしいが。


「じ、時間が経ってから『やっぱりやめてほしい』とか言っても聞かないからね? れいはそういうことをしているということだからね?」

「言わないよ、行動を制限したりなんてするわけがないじゃないか」


 これでいい、あくまでふたりきりのとき以外はこれまで通りでいいんだ。

 一緒にいられないときは勉強をやるとか、本を読むとかしてゆっくりすればいい。

 多分、そうやって多少の空白ができることで一緒にいられるときはよりそのありがたさに気づけるはずなんだ。


「なんて、嘘だけどね」

「うん?」

「学校とかではまさもお友達だから普通に話すよ」

「うん、それがいいよ」


 今回はちゃんと一番大事なところも教えてくれたから不安になることもない。


「ぎゅー」

「今日は移動教室とか体育がある日だよね、お昼休みにゆっくりしよう」

「……って、これにはノーコメントですかい?」

「ははは、ノーコメントということでよろしくお願いします」


 誰かに見られてしまうようなそんな場所ではないが急にくるのはやめてほしい、学校が始まってしっかり切り替えていかなければならないときにそういうことをされると大変になるからだ。


「はぁ、なんか不安になるよ」

「不安にならなくていいよ、ここじゃなければ僕は抱きしめ返しているからね」

「一回だけ、一回だけそうしてくれたら満足できるからして?」

「うん、じゃあ一回だけするよ」


 ちゃんと返して教室の前で別れた。

 まだ少し時間があるから椅子に座ってゆっくりする。

 ……一回だけと言われてしまうとそれだけはって気持ちになってしまうのがいまの僕にとって問題だった。

 キスではないから大丈夫なのかもしれないが、気づいたらこっちの方がその気になっていたとかそういうことになりかねないから怖いんだ。


「わっ、って、まさか」

「俺以外だったら怖いだろ。で、どうしたんだ? 付き合い始める前よりもよく難しそうな顔をしているが」

「ああ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」


 全部吐いてしまえば答えが出てくるかと思えばそうではなく、余計にどうすればいいのかが分からなくなってしまっただけだった。


「適当に聞こえるかもしれないが言うぞ、別にそれでもよくないか? もう前と違って恋人同士なんだからなんにもおかしなことじゃないだろ」

「まさらしいよ……」

「まあ、コントロールしようとすることは悪いことではないが、だからって抑えすぎるのも違うだろ。抱きしめる程度でそれだったらそれ以上になったらやばいぞ」


 ぐっ、そういうものなのか、それが普通なのか。

 というか、これまでこっちに教えてくれていないだけでこれまで何回も付き合ってきたことがあるんじゃないかってぐらいには彼の発言からは経験値の高さが伝わってきていたのだった。




「――ということにしたから、もし嫌だったらちゃんと言ってね」

「というか、なんで我慢なんてしていたの? まだ付き合い始めたばかりだから?」

「そういうのもあるよ、あとはやっぱりゆめに嫌がられたくなかったからかな……」


 どうなるのか自分でも分かっていないから不安になるんだ、多分、大体のところが分かってくればもう少しぐらいは柔軟に対応できると思う。


「ちなみにゆめ的には抱きしめるだけで十分……ではないんだよね?」

「それはそうだよ、こっちばっかり求めていたら嫌じゃん」

「そっか、じゃあやっぱりまさが言っていたことは本当のことなんだね」


 そうでもなければ求めてくることはしないか、あの一回だけ攻撃を何度も繰り返したりはしないだろう。

 多分、こういうことを本人に聞く時点で上手くやれていないことになるから、こればかりはすぐに変えなければ駄目なことだ。

 きっと現状維持を続けると彼女が側から去ってしまう、付き合えたらそれで終わりというわけではないんだからきっとそうだ。


「むぅ、まさに言われたら変えるってなんか複雑なんですけど……」

「経験値がないから聞くしかないんだよ、そういう力で自分の背中を押すしかないからね」


 それでも所詮僕だから許可を貰ってからやらせてもらった。

 何度も言うが人の体温というのは落ち着くものだ、そうしている相手が好きなら尚更そう感じるというものだ。


「無理やりしているようには見えないかな?」

「大丈夫だよ、人がいるところでしているわけではないんだから」

「そうだよね、仮にばれてもゆめが言ってくれれば大丈夫だよね」

「え、もしかしてれいって見せつけたい願望が――」

「違う違う、恋人同士みたいに見えなかったら嫌だからさ」


 よし、とりあえず今日はこれぐらいにして出されていた課題でもやることにしようか、なんてまあ……そんなのは言い訳なのだが。

 残念ながらあれ以上時間を伸ばすと駄目になると分かった、だから問題なくできるのは十秒ぐらいだろうか。

 だが、ずっと自分からしないよりはそれでもマシだろう、彼女だってきっと長時間は求めていないだろうからこれでいい。

 学校で発情……かどうかはともかくとして、本気になられても困るだろうから絶対にそうなんだ。


「そういえばちゅーっていつするものなの?」

「一ヶ月ぐらいが経過してから……かな?」


 それとも一年? それこそ今日まさに言われたことが全部突き刺さってそんな先のことを考えている余裕なんかない、目の前のことだけで精一杯な僕にこれ以上プレッシャーをかけるのはやめてほしかった。


「いましようか! 大丈夫、私がしてあげるから」

「待って待って待って、ゆめも課題をやろうよ」

「私の方は今日出てないから」


 勢いだけでやったら絶対に後悔する、間違いなく今回も「なにをしているの!」と言うに決まっているのだ。

 そうしたらその後の空気は微妙なものになるだろうし、しばらく顔を見せたくないとかそういうことになりかねない、止めなければならない。

 自分のためにではなく、彼女のためにだ、後悔してほしくないからこれも頑張らなければいけないことだった。


「は、初めては大事にしようよ、それこそバレンタインデーの日とかそういうちょっと普段とは違う日ならいいかもね!」

「なるほど、確かにそういう日の方がいいかも」

「うん、絶対にそうだよ」


 絶対絶対絶対ってそう考えたり言いすぎてしまっているが、実際、断言できてしまうことだから仕方がないことだ。

 嫌というわけではないうえにこっちだって興味はある、でも、急いだところで悪いことにしかならないというのはこの関係になってからも同じことなんだ。


「じゃああれか、れいは一ヶ月毎にしたいということかー」

「えっ!?」

「え、だってバレタインデーの日にするということはホワイトデーの日にもしたいということでしょ?」


 えぇ、それじゃあ結局こっちが求めすぎてしまっているみたいじゃないか、僕はただそういうイベントがある日にしたらちょっと違うかもしれないよと言っただけなのに……。


「そ、それだと一ヶ月毎ということにはならないんじゃない? だってホワイトデーが終わったら当分の間はなにもないんだから」

「ふふふ、結局イベントがなくてもしたいということだよね、れいもそういうことに興味があるというお年頃ということだよねー」


 もう駄目だ、この前の田保さんみたいになにを言っても負けることになる。

 まあでも、今日勢いでしてしまうなんてことにはならなかったからそこだけはよかったと終わらせておこう。




「うん、身長が似ているかられいのズボンもぴったり合ってよかった」

「僕としては悲しくなるけどね、っと、行こうか」


 四人で海を見に行くことになった、ゆっくりしていたら『天気がよくて暖かいから少し早いが行かないか』とまさから急に誘われて受け入れたことになる。

 で、スカートで行こうとしたから慌てて止めたんだ、理由は見ているだけでも寒いからしっかり着込んでほしかったんだ。


「ごめん、待たせちゃったかな?」

「いや、俺らもいま来たところだからな、それじゃあ行くか」


 少し時間はかかるものの、公共交通機関を利用せずに歩いて行くことができる。

 少し残念な点は水の色が奇麗ではないというのと、砂浜ではなく砂利や石が凄くて歩きづらいということだった。

 また、そういうのが関係しているのかは分からないが遊泳禁止の場所だ、だから結局泳ぎたいなら近場のあそこじゃ駄目だということになる。


「今日は風も冷たくないからゆっくりできるな」

「そうだね、でも、僕らも誘った理由はなんなの?」


 ふたりきりに拘っている田保さんからすれば簡単に納得できることではないはず、休日にせっかく一緒にいられているのに他の人間を誘われたら流石にね。


「実は俺達も付き合い始めたんだ」

「「えー!?」」

「ははは、気持ちがいい反応をしてくれてありがとう」


 まだ友達という感じだったのに実はそうだったなんて――あ! だからこそああ言ってきたのかと今更気づく、それなら経験値が高くてもなにもおかしなことではないのにあのときの僕は馬鹿だったな。


「正直に言うと、しづが我慢できない子でな」

「ちょっ、違うわよっ」


 あ、やっと喋った、だけど違和感というのは全くない。

 どちらかと言えば彼女の方が我慢してきれなくなる感じがしていたからだ、まさは慎重にやりたがるから、うん、そうなって普通だと思う。


「あれだけ大胆に求められたら流石に俺だってなー」

「へ、変なことをしているように聞こえるじゃない!」

「大丈夫だ、れいとゆめみたいに一緒に寝るとか不健全なことをしたわけじゃないんだからな」

「そ、そうよ! 私達はあくまで普通に仲を深めただけだわ」


 どうやら僕達のそれは普通ではなかったらしい、彼女達のが健全で僕らのは不健全だそうだ。

 こちらからすればこの短期間でなんとかできてしまう彼女達の方が気になるというものだ、一体、どういう風にすれば彼をすぐに振り向かせられるんだろう?


「すぐに教えてくれないなんて酷い子だねえ」

「は? あのときはまだ付き合っていなかったぞ?」

「え、じゃあなんで経験値が高そうなアドバイスができるんですか……?」

「付き合ったらそういうことをするのが普通だからだ」


 彼から目の前の水平線に目を向ける。

 やっぱり細かいことを気にしたら駄目だ、他者と関わるときは特にそうだ。


「おめでとう、まさかこんなに早く変わるとは思っていなかったけど」

「もうあの弁当を食べた時点で決まっていたのかもな」


 実際に効果があるということを彼の件で知った。

 もちろん全員に当てはまることではないが、気になる存在からご飯を作ってもらえたりしたら、うん、なにもおかしなことではない。


「あ、そういえば作ってもらっているの?」

「いや、流石に何回も頼めねえだろ……」

「もう彼女なんだから週一ぐらいで頼んでみたらいいよ」

「週一は悪いから月一で頼んでみるかな」

「それがいいよ、変に遠慮をしすぎるのも違うでしょ?」


 こっちと違ってきちんとコントロールできるんだから心配しすぎる必要はない、あとは単純に僕がそういう彼を見たくないというのもあった。

 僕にとってはなんでも上手くやれてしまうのが彼だったからだ、だからこれからも続けてほしいと考えてしまうのは普通のことだ。


「あら、食べたいならそう言えばいいじゃない」

「そりゃ食べたいが食費がな……」

「気にしなくていいわ、あなたの分は私が出せばいいのよ」

「いや、それなら払う、それだけの価値がしづのそれにはあるから」

「そ、そうなの? まあ、私は作れればいいから理由はどうでもいいけれど……」


 いちゃいちゃを見ていても仕方がないからゆめに意識を向ける。


「ああいうところがまさらしいよね」

「そうだね」

「れいにもああいう感じできてほしいな」

「頑張るよ、色々なことをね」


 ふたりで笑って、それから自然に手を繋いだ。

 外にいれば冷えないということはないからその温もりがありがたかった。

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