06話.[気になるからさ]
「今日で結果が分かるんだよね、なんかドキドキしてきた」
「嘘つき、テストの結果で不安になることとかないでしょ」
「それはかいかぶりすぎというやつですよ、私なんて事あるごとに不安になっちゃうんですから」
嘘つき少女は放っておいて机に突っ伏した。
そう、正直こっちの方が不安すぎて落ち着かなかったんだ。
本番の方が落ち着くという謎の人間性で困る、そういうのもあって合格発表日までは物凄く不安になったなと微妙な思い出が蘇ってきた。
「でも、終業式の日まで半日で終わるからいいよね」
「そうだね、そうしたら僕は家でゆっくりするよ」
「私もいるから最高だよね」
「そうだね」
「むぅ、突っ伏されながらだと適当に感じるんですけど……」
そんなことはない、感謝しているから勘違いしないでほしい。
テストの結果が全部返ってくればいつも通りに戻れる、そうしたら彼女がいま言ったように半日で終わる毎日になるからゆっくりすればいい。
家でもやらなければいけない感に急かされることもなくなる、気持ち良く彼女と過ごすことができていいだろう。
「ちょっと廊下に行こ、そうしたら少しぐらいは不安にならなくて済むでしょ」
「ゆめに触れていてもいい?」
「うん、それでいいから行こ」
情けない、まさだったら絶対にこんな弱いところを見せたりはしないというのに僕ときたら……。
まあ、部活がないときでもお腹が減ったと何度も言っているからその点だけは同じような感じじゃなくてよかったと思う。
食費とかだって物凄く変わってくるだろうし、多分、僕が同じように食べていたら太っていたからだ。
「手を握らせてくれればいいから」
「うん、はい」
単純に人の体温というのが落ち着く、できれば全部の結果が分かるまでこうしていてほしいぐらいだ。
そこまで寒さに弱いというわけではないが、こうしているときはそういうのも気にならなくなるからありがたい。
とはいえ、本番とかそういうときは自分ひとりで頑張らなければいけないから依存みたいになってしまうと困ってしまうので、求める頻度というやつをしっかり考えなければならなかった。
だってその度に彼女を付き合わせるというのも駄目だろう、こちらが分かりやすくなにかをしてあげられているのであればよかったんだが……。
「大丈夫だよ、れいは毎日真面目にやっていたでしょ?」
「知っていると思うけどいつもこれだからさ」
「それでも受験のときと比べたら断然マシでしょ?」
「そうだね、だけど三年生になったら今度は就職活動――」
「だめ! いまはそんな遠い話のことはいいの!」
遠い話……という感じもしなかった、三年生になったらきっとあっという間だ。
僕らがここまできてしまっているというのもある、一年生だったらもう少しぐらいは――いや、それならそれで今度は別のことで不安になっていたか……。
「大丈夫だから」
「……なんかごめん」
「いいから、はい、ゆっくりしましょうね~」
こういうときだというのに抱きしめたくなってしまう僕は駄目だ、あれからそういうことばかり考えてしまっている。
……寧ろそっちに振り切れることでこれをなんとかしてしまえないだろうか? 少なくとも自滅することはなくなる気がするが……。
「おいおい、保育園の先生と園児みたいになっているぞ」
「私はお姉さんだからね、れいのお世話だってしっかりできるよ」
「じゃあしづもそうだな、ゆめより間違いなくしっかりしているな」
「私はそんなことでいちいち怒ったりしませーん」
ふぅ、彼が来てくれたことで落ち着けた、これでこれ以上情けないところを見せることは絶対にない。
大体、必要以上に不安になったところで意味がない、どうせあと何分か経過すれば結果が分かるんだからただ待っているだけでいい。
自分の努力を信じるべきだ、彼女と一緒に休憩しながらでも毎日真面目にやったことを忘れてはならない。
「ゆめ、ありがとう」
「うん、困ったら遠慮なく言ってね」
上手く変えられたから教室に戻ると「あ、戻ってきたのね」と田保さんが話しかけてきた、が、こっちに話しかけてきたわけではないから挨拶をして席に戻る。
田保さんとまさのところにゆめも残ったからひとりになってしまったが問題ない、いつもみたいに目を閉じて更に自分を落ち着かせようとするだけでいい。
「こら」
「えっ?」
目を開けてみたら怖い顔をしている田保さんが目の前に立っていた。
理由が分からないから今回も待つことしかできない、後ろにふたりがいるというわけでもないから目だけで問うこともできないからだ。
「なんであなたはいつもそうやってすぐに離れるのよ」
「ああ、だって用があったのはまさに、だよね?」
「別にそんなつもりはなかったわ、勝手に考えて行動するのはやめなさい」
「う、うん、それじゃあ次からは気をつけるよ」
「なに終わらせようとしているのよ」
えぇ、どうすればいいんだこれは……。
結局、考えてみても分からなかったから自力での解決は無理だと諦めてまさを連れてきて相手を頼んでおいた。
まあ、楽しそうに話していたから変なことになることはないだろうと終わらせたのだった。
「まさ君の部活が終わるまではあなた達と一緒にいるわ」
「えー!」
「責めるなら彼を責めてちょうだい、すぐに逃げるからこうなるのよ」
まだお昼だから構わないと言えば構わないが、まさがどう感じるのかは分からないから少し不安になる。
でも、今日で年内の登校日は終わったし、なにより今日がクリスマスなんだから堂々と存在していればいいだろう。
彼女はまさとふたりきりで過ごすことには変わらないんだからその時間がくるまでは相手をしておけばいい。
「もう、れいのせいでしづちゃんが頑固者みたいになっちゃったじゃん」
「難しい子なんだよ、絶対にまさが近くにいるんだからそっちを優先しておけばいいのにね」
友達と話していることはあっても教室から出ていくことはないんだから近づけばいい、少なくとも僕にうざ絡みをしているよりも有意義な時間が過ごせる。
頭がいい子であってもこうなってしまうんだから僕みたいな緩々な人間が本気で恋をしたら馬鹿なことばかりをしそうだ。
「なにが難しい子よ、好き勝手に言っていると『こら』と怒るわよ」
「しづちゃんみたいな子がツンデレなんだろうね」
「私がデレることはないわ」
「まさが相手でも?」
「……そうよ」
「はい! いまのでデレると言ったようなものだよね!」
あ、つねられている、ゆめが涙目になってしまった。
だが、いまの田保さんにはあんまり近づきたくはないから味方をしようとしたりはしなかった、ゆめごめん……。
「……あなた達はよく似ているわ、すぐに逃げたりするのはあなただけだけれど」
「僕はきみのことを考えてそうしているんだけどな、それに僕が仲良さそうに話していたらまさは絶対に気にするよ」
「そんなことしないわよ、あなたまさ君のことを馬鹿にしているの?」
駄目だ、まさのことは出さない方がいいのかもしれない。
なんでもかんでも噛みつかれたら疲れてしまう、ゆめがいてもこれなんだから止めようとしたところで無駄になる。
流石にこれ以上酷くなるようだったら追い出そうと決めた、約束をしていたわけではないんだからそれぐらいの権利がこちらにはあるんだ。
「まさのことを好きなのはいいけど、もうちょっと落ち着こうよ。れいに冷たくしたってまさと仲良くなれるわけではないんだからさ」
「別にそういうつもりは……」
「同じだよ、このまま続けるつもりなら帰ってほしい。外でやる部活なんだから見て待っていればいいでしょ? ここでそんなことをしているよりはいい時間を過ごせると思うけどな」
申し訳無さや情けなさもあるがそれ以上に感謝だ、代わりに言ってくれて助かる。
多分、僕が決めたように言っていたらもっと大変になっていただろうから彼女がいてくれてよかった、そんな子がこの後もいてくれるってことなんだよね。
「わ、分かったわ、やめるからそう冷たくしないでちょうだい」
「うん、守ってくれるならいいよ、そもそもここはれいのお家なんだからね」
最初こそぎこちなさはあったが会話を始めてくれて、加わったり飲み物のおかわりを注いだりを繰り返した結果、あっという間に夕方になった。
こっちも食べ物を買いに行かなければならないから田保さんと一緒に出てお昼より寒い中、歩いていく。
「それじゃ――あ、ごめんなさい……」
「うん。じゃあまさとゆっくりね」
やっとふたりきりの時間がやってきてくれた、いまならちゃんと買ってきていた物を渡すことができる。
「はいゆめ、クリスマスプレゼント」
「お家に帰ってからでよかったのに、あ、いや、ありがとう」
よし、これであとは美味しい物を食べて彼女と話しつつゆっくりするだけでいい。
今日ぐらいは泊まってほしいが、まだこのことを言ってあるわけではないからどういう反応をされるのかは分からない。
「く、クリスマスにそんなことを言うなんて意味分かっているの!?」とか言われるのかな? 僕への感情次第で変わることだから……。
「家だとその後が気になるからさ、いまならご飯の方に意識が向いているだろうからいま見てほしいかなって」
「むぅ、人を食いしん坊キャラみたいに言ってほしくないんですけど――って、なにこれ?」
「ダイアモンドは無理だけどきらきらしている物なら用意できるからさ、あっ、一応数百円とかそういう物ではないからねっ?」
千二百円はしたんだから僕にしては勇気を出した方だ、だからしょぼいとかそういうことは言ってほしくない。
「カラスじゃないんですけど、それにあれは冗談みたいなものだったんですけど」
「で、でもさ、髪留めだからゆめの奇麗な髪に似合うと思うんだ」
「奇麗、ねえ」
と、とにかく、早くスーパーに行って食べたい物を買おう、そう決めて急ごうとしたところで腕を掴まれて止まることになった。
「れい、今日はママもパパも遅くまで帰ってこないんだ、だかられいさえよければ私のお家に来てほしいの。もちろん、その後は泊まってほしい、朝までいてほしい、今日はずっとれいから離れたくないんだよ」
勇気を出さなくて済んでよかったと言えばよかったが、先程からずっと自分の情けないところばかりを直視することになって結局複雑な気持ちになってしまっている。
違う、このままでは駄目だ、言わせてばかりのままで終わらせてはいけない。
「僕も泊まってほしいと思っていたんだ、今日はずっとゆめといたいんだ」
「うん、じゃあ来てくれる?」
「ゆめといられるなら行くよ、幸い、家だって近いからね」
「うん、じゃあそういうことでスーパーに行こう」
「そうだね、行こうか」
食べることは好きでも大食い選手というわけでもないからしっかり考えて購入し、帰りは風が吹いてて寒かったからふたりで走って帰った。
「ああ~、なんか暖かいから動きたくなくなるよ~」
「ははは、明日から冬休みなんだから休んでもいいでしょ」
「でも、お腹が空いている自分もいるんだよね」
一旦帰ったのはそういうことだったのかと納得する、エアコンを点けるためにそうしたんだ。
もし僕があそこで断っていたらきっとクリスマスに一緒に過ごすということも叶わなかっただろうな。
「これ、買ってくれたのは嬉しいけどきらきらすぎて学校にはつけていけないよ、後ろの子の目にダメージを与えちゃうからね」
「そ、そこまでじゃないよ、目に優しい感じだよ」
受け取って勝手につけさせてもらうと、確かに光源の位置によってはうお!? となるぐらいにはきらきらしていた。
……お店の棚に置かれていたときはそうでもなかったのだが、いやでも、売り物を持って様々な場所に移動するというのも微妙だったし……。
「だからこれはお家でだけつけるね」
「それは好きにしてくれればいいよ」
つけてくれているところを見て優越感に浸りたいとかそういうことではなかったので、どうしてくれようが全く構わなかった。
僕としては今年も自分で選んで、そしてそれを大切な彼女に渡せたというだけで十分だからだ。
それよりもだ、今日に限って彼女のご両親がいないというのはどうなんだろう。
「ゆめ、今日は本当に――」
「あ、誰か来た、ちょっと出てくるね」
「いや、危ないから僕が出てくるよ」
早めにご両親が帰ってきたとかそういうことなら助かる、ふたりきりでいたいとはいってもほとんどの時間を完全にふたりきり状態で過ごすというのはちょっとね。
「よう」
「あれ? んー、田保さんに振られちゃったのかな?」
「聞こえてるぞ、別にそういうわけじゃねえよ」
ふたりきりを望んで彼もそれを受け入れたはずなのにこんなところでなにをしているのかという話だ、そりゃ誰だって振られたんじゃないかって考えるよ。
「しづが『やっぱりふたりきりは緊張するわ』と言ってきたからお邪魔しようと思ってな、いまれいの父さんに教えてもらってこっちに来たんだ」
「そっか、ちょっと待ってて」
ゆめにその話をしたら「それならいいよ」と言ってくれたから上がってもらう。
ただ、食べ物はふたり分しか買ってきていなかったからどうするべきかと悩んでいる間にどこからか彼が大きな袋を持ってきた。
「流石にこれぐらいはな」
「ははは、そっか」
「あ、ちょっと忘れ物をしてきたから待っててくれ」
それからすぐに大きな者――田保さんを彼が連れてきた。
玄関から見た限りでは全くどこにいるのかが分からなかったが、彼女はどこにいたんだろううね。
「……悔しいわ」
「仕方がないよ、私でもクリスマスにふたりきりはちょっとドキドキするし」
「もういいわ、いっぱい食べてなんとかするわ」
「うん、いっぱい食べよう!」
自然とそういうことになったからこっちは飲み物を注いだりとかそういうことをしながらゆっくり食べていくことにした。
焦ったところで仕方がない、あと、あまり食べられる方ではないからちびちびとやっていけばいい。
悔しいと呟いていた彼女もゆめや彼と話しながら食べている間にいつも通りに戻って、合計で四人しかいないのに教室にいるときみたいな盛り上がりだった。
「まさ、僕は全く気にならないけどなんで来ちゃったの? 田保さんのことを考えるならそのままふたりきりで過ごした方がよかったと思うけど」
「全く楽しめなさそうな顔をしていたからだ」
いま家にある物でクリスマスプレゼントをあげるためにゆめと田保さんはリビングから去っていた、だから聞きたかったことを聞かせてもらうことにする。
「急がなくてもまだまだ一緒にいられるからな」
「そこをいつものコミュニケーション能力でなんとかするのがまさでしょ」
簡単に諦めてしまうなんて彼らしくなかった。
そんな彼にこうさせてしまうぐらいには田保さんが暗い顔をしていたということなら、いや、それでもなんとか変えようとするのが彼だったはずなのに……。
「俺にそんな力はねえよ、それにれい達のところに行こうと言ってきたのはしづの方なんだぜ? なんかやたらとれいのことを気にしているんだよ」
「田保さんがどうこうということではないけどさ、僕はゆめが好きだから勘違いしないでね」
「ああ、分かってる」
これも同じで、誰かを敵視なんかしていたって時間がもったいないだけだ。
その時間を気になる子を振り向かせるために使った方が遥かにいい時間を過ごせるし、気分だって悪くなることはないと言える。
「ただいまー! 見て、しづちゃんにはライオンのぬいぐるみをあげたよ!」
「あれ、その子はすごいお気に入りの子じゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、せっかく仲良くなれたからいいかなって」
「そっか」
本人がそう決めたのならなにかを言うべきではないよな。
とにかく、ふたりが戻ってきたことによってまた盛り上がり始めたから僕は飲み物を飲みながら静かにそれを見て過ごしたのだった。
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