05話.[そうしようかな]
「――という感じだな。最初は四人でと考えたんだがしづがふたりきりがいいと言ってきたから今年は参加できない。そもそもゆめがそんなことを望んでいないだろうからな、分かってくれ」
「うん、ちょっと寂しいけどまさが誘った側なんだから聞いてあげないとね」
「ああ、そうだな。それに俺としてもお邪魔虫になるぐらいならしづとふたりきりで過ごせた方がいいからさ」
直前にではなくて二週間も前のいま教えてもらえてよかった。
ただまあ、なんか変な考え方をしていることだけは気になることではあるが、集まらなければいけないなんてルールはないんだからそういうことにしてこの話は終わりにしよう。
「じゃ、テスト勉強をしないとな」
「それも田保さんとやるんだよね、もう僕達離れかー」
「それとこれとは別だ、だからこれからも俺のことを忘れるんじゃねえぞれい」
教室にふたりを待たせている状態だったから戻って、そこからは別行動を始めた。
あっちは教室で、こっちは僕の家で勉強を始めた。
「れい、頑張ることには頑張るけどご褒美をちょうだい」
「それは終わった後に?」
「ううん、こうしてやる度にだよ――あ、お金がかかることを求めるわけではないからそれは安心して」
「僕にできることならするよ、じゃあ続きをやろうか」
彼女のことだから頭を撫でてとかそういうことだろう、こちらとしてもそれで嬉しそうにしてくれることが嬉しいから悪いことではない。
あと、僕には触れることを許可してくれているということがやっぱりね、べたべた触れるようになってしまったら駄目だがコントロールできているからこの前言ったように酷いことにはならないはずだった。
って、これだとテスト勉強にではなくて考えることに集中してしまっているな、しっかり切り替えて頑張らなければ。
「れい、終わったからご褒美ちょうだい」
「なにをすればいいの?」
まだ一時間というところでも黙ってやっていたことには変わらない、できることならすると言ったんだから守っておけばいい。
細かいことを気にしたら彼女が相手のときじゃなくても駄目だ、大雑把な感じの方がきっと人生上手く歩いていける。
「足を借りるかられいは頭を撫でてて」
「分かった」
よかった、またあれをやられたら健全ではなくなってしまうからこれでいい。
こちらがしていることはいつもと変わらないし、幼馴染が相手なのにどこを見ていればいいのか分からないなんてことにもならないから安全だ。
「あ、まさが田保さんと過ごすから今年のクリスマスはふたりきりなんだ、それでもゆめは大丈夫?」
「まさが参加できないことは知ってたよ、だってこの前間違えて言いそうになっちゃった時点で分かるよね?」
「い、いや、あれはもう言っていたようなものだけどね……」
ちなみに大丈夫なのかどうかは分からないままで、じっと見ていても言ってくれることはなかった。
それどころか十分ぐらい続けた結果、すやすや寝始めてしまったぐらいだ。
こういうのが不安になるから勘弁してほしいと考えたところで無駄だった、いい方へ変わるどころか、逆にそれがフラグ的なものになって悪い方に傾いていく。
僕がもっと強ければこんなことでいちいち不安になったりしないのに、って、これもやめた方がいいか……。
「複雑になっているのに可愛い寝顔だからさあ……」
消えたり出てきたり消えたりというやつだった。
というか、彼女は僕のことをどう思っているんだろうか? こうして甘えてくれるぐらいだから多少ぐらいはそういう気持ちもある……んだろうか。
自分が求めてもらえたら間違いなく嬉しい、が、側にまさがいるのにいいのかと不安になる可能性がある。
多分、女の子からしたらこうしてすぐに不安になる人間はそれだけで評価が低くなるだろうから最終的には別の男の子と~なんてこともあり得そうで……。
「ゆめ」
「……さっきから独り言が多いんですけど、睡眠不足になったらどうしてくれるの」
「弱いからすぐに不安になっちゃうんだよ、でも、ゆめと話せるとやっぱり違うよ」
物凄く眠たいとかそういうことでもなければ起きて相手をしてほしい、こうして放課後に彼女とゆっくりできる時間も好きだから仕方がないんだ。
「ふぅ、もうちょっと勉強をしようかな」
「それなら僕もそうしようかな」
誰かがこうして一緒にやってくれているときが一番集中できるからいま頑張っておいた方がいい、ごちゃごちゃ考えるのは食事や入浴が終わった後にしよう。
だが、ある程度したら帰ってしまうという当たり前のことが引っかかって全く集中できなかった、いい存在のはずなのにこういうときにゆめという存在は僕にとっては色々な意味で大変な存在なのかもしれない。
「もう終わりー、これ以上はできないー」
「そっか」
不味い、こうなったら帰ろうとするのが彼女だ。
いやまあ、やることを終えたら自宅に帰ろうとするのは当然で、彼女はあくまで普通のことをしただけなのに変なことを考えてしまっている。
「ふぅ、じゃあそろそろ帰ろ――うひゃあ!?」
「帰ってほしくない、ずっとここにいてほしい」
まるで冷静ではなかった、とにかく止められればいいとしか考えていなかった。
「と、とりあえず離してっ」
「うん」
走り去ったりはしなかったものの、分かりやすく距離を作られてしまった。
こちらとしては彼女が行動するのを待つしかない、言い訳をしようがないからそれだけが僕にできることだ。
「……なんでいきなりあんなことをしたの?」
「帰ってほしくなかったからだよ」
「ここには来るけど毎日泊まっていたわけではないでしょ?」
「そうだね、だけど今日はそう強く思ってしまったんだ」
明日だって明後日だってその先だってきっと彼女は「れい」と近づいてきてくれることだろう、だが、それでもなんか物足りなかったのかもしれない。
こっちに甘えるだけ甘えていつもすぐに家に帰ってしまうというのも気になるところだった、だってそれだとこっちが求めることはできないからだ。
もっとも、だからって先程みたいにしてしまうのは駄目なことだ、僕は勢いだけで前提すら壊してしまうところだった。
「なんかれいらしくないよ、すぐに不安になっちゃうのは私だったでしょ?」
「それは違うよ、ゆめはなんに対してでもポジティブに考えて行動できる子だよ」
すぐに不安になってしまうなんてどこの世界の彼女の話だろうか。
このタイミングで冗談を言ったんだとしたら笑うしかない、せめてもう少しぐらいはいい雰囲気のときにしてほしかった。
消去法で求めているわけではないんだ、適当にやっているわけでもないから勘違いしないでほしい。
「……今日はもう帰るね、なんか不安定みたいだから」
「うん、分かった」
付いて行って出ていった後すぐに鍵を閉めると逆ギレみたいに見えてしまうかもしれないから時間をずらして鍵を閉めた。
それからはいつもみたいにご飯作りを始めて、終わったら部屋に戻ってきた。
これこそ自業自得なことではあるが今日は食欲というものがなかったからそのまま朝まで寝て、朝になったら軽くシャワーを浴びてから家を出た。
「おはよう」
「え、なんで田保さんがここにいるの?」
「別に意識して待っていたわけではないわ」
そりゃあまあ、まさに興味があるんだからそうだろう、なにか目的があって待たれていたとしたら怖いからこれでいい。
「でも、あなたのおかげでまさ君に近づけたからお礼を言いたいのはあったの」
「僕のおかげでって言うけど、まさだって同じクラスなんだから余裕だったでしょ」
ご飯を作りたい云々はともかくとして、ただただ友達として仲良くするにはいい環境だと言えた。
別のクラスの人間でもないし、先輩や後輩というわけでもない、だからなんでこっちに来たのかは分かっていないままだ。
「あのときゆめにはいきなりは緊張しちゃうからと言ったけど、本当のところはどうなの?」
「その通りよ、興味があってもいきなりまさ君に近づく勇気はなかったの。だけど同じクラスにはそのまさ君と仲がいいあなたがいた、話しやすそうだということはこれまでのことで分かっていたから話しかけさせてもらったの」
「ははは、つまり利用されたってことか」
「利用……みたいなものなのかしら」
「冗談だよ冗談、別にそんなことは全く構わないんだ」
もうひとりの親友が楽しそうならそれで十分だ、これからもなにかがあったら利用してくれても構わなかった。
できることは限りなく少ないが少しぐらいは役に立てることがあるだろう。
「あ、クリスマスにまさと過ごせることになってよかったね」
「ええ、ありがとう。ただ、まさ君の家で集まることになっているの、どういう風になるのかしら……」
相手はまさだし、言ってしまえば出会ったばかりだから甘い雰囲気になることはないだろうな。
ただ、本気なら僕みたいに勢いだけで行動するのではなくちゃんと考えて行動するだろうからがっかりする必要はない。
そもそも簡単に異性とふたりきりで過ごそうとする人間ではないんだ、そうなった時点で他の子とは違うということになるんだ。
「おはよう」
「おはよう、ゆめさんは彼と一緒に登校するわけではないのね」
「れいが寄ってくれないからね、なんか昔からそういうところは冷たいんだよ」
違う、ずっと寄っていたがどうしても彼女からしたら早い時間みたいで「もう朝は来ないで」と言われてしまったんだ。
そこまで分かりやすく拒絶されたら行くことなんてできない、人が嫌がることを嬉々としてするような人間ではないからそういうことになる。
正直に言わせてもらえば登下校とかだって約束とかがなければしたかった、学校では友達もいてそっちを優先してしまう可能性だってあるからだ。
「……無視ですか、おはようと挨拶しているんですけど」
「あ、おはよう」
というか、普通に話しかけてくるんだな。
田保さんがいるからと無理やり合わせているようには見えない――という風に見えてしまうのは願望だろうか。
「しづちゃん、もうしたい話は終わった? 終わったならちょっとこの人を借りていきたいんだけど」
「あ、とにかくあなたのおかげで仲良くなれたわ、ありがとう」
「うん」
「それじゃあ先に行っているわ」
なんにもそこでは関わっていないのにお礼を言われるというのは微妙だ。
これならただ「ありがとう」とだけ言われた方がマシだった、そう言われたくて行動しているはずなのにいざ言われたら微妙な気分になるってアホらしいと思う。
「れい」
「あ、うん、なんの話をしたいのかは分かっているよ」
「私、ああいうのは違うと思うんだ」
「うん、許可されていない状態でするのは駄目だよね」
感情的になることもせずに、静かに言われる方が怖いことを知った。
だが、逃げることはできない、やり逃げなんて卑怯者のすることだから流石にそこまでは堕ちたくなかった。
「そうだよ、そもそもれいが攻める側とかありえないし……」
「ん?」
「私がするのはいいけどれいがするのはだめ」
「え……っと、つまり……?」
「だからつまり、……ああいうことをれいからされるのは嫌じゃないけど違うってことだよ」
やばい、僕は頭が悪いのかもしれない、理解が追いつかないという感じだ。
「ごめん、えっと、聞き間違えかな? 嫌じゃないって聞こえた気がしたんだけど、これはあくまで僕の願望……だよね?」
「願望じゃないよ、私がいま実際に言ったことでしょ」
「え、じゃあなんで昨日は帰っちゃったの?」
「だ、だって、れいにあんなことをされたの小学生のときが最後で、さ……」
待ってほしい、小学生のときにそんなことをしたことはないぞ。
活発的に行動していた彼女と一緒に行動して楽しんでいたことはあるが、うん、少なくともそれだけは絶対にない。
しかも四年生なのに既に大きかったまさもそこに加わって、彼女もどちらかと言えばまさに甘えていたからそもそもできなかったというか……。
「し、したことないよっ」
「……昨日したじゃん」
「あ……」
こ、これ以上はやめよう、こっちが大変になるだけだ。
留まっていたからとりあえず移動を開始して、教室に着いて椅子に座ったらなんか物凄くほっとした。
「早かったわね」
「うん、すぐに終わったからね」
「もしかして喧嘩でもしたの? いまだってゆめさんは来ていないみたいだし……」
「喧嘩はしていないよ」
終わったりはしなかった、やっぱり無理をしているようにも見えなかった。
いいことなのかどうかは分からない、ただ、助かったのは確かなことだ。
ああいう感じで終わらせてくれたなら僕はまた近づくことができる。
「まさ君は朝から部活があるからこういうときにもどかしいわ」
「おお、凄く気に入っているみたいだね」
「あっ、ちがっ、えっと、最近はよく一緒にいるからよ」
変なことをしてしまったとかそういうことでもないんだから慌てる必要はない。
ああでも、こういうところに人は揺れてしまうのかもしれなかった。
ある意味怖いことだし、すごいことだとも言えてしまう恋という行為、そうなると全く変わっていないゆめ的にはやっぱり……。
「しづちゃんは素直じゃないねえ」
「な、なにを言っているのよ……」
「事実だよ! でも、れいみたいにはなっていないみたいだから安心だよ」
「彼がどうしたの? もしかして物凄く鈍感……とか?」
「そうではないんだけどさー」
彼女は「ちょっと付き合って」と言って田保さんを連れて行った。
残されてしまったら休んでおくことしかできないから休んでおく、今日は体育だってあるから寧ろそうしておかないと駄目だった。
「ふふ、あなたは大胆ね」
「……もしかして聞いたの?」
「ええ、あなたのことを求めているゆめさんからしたらよかったでしょうね」
味方をしてもらおうとして教えたわけではないみたいだ、じゃあやっぱり本当に責めるつもりはないんだろうか? ……って、駄目だな、自分を守ることばかりに意識を向けてしまっている。
「だめだよ! れいにされるぐらいだったら私がするんだよ!」
「私もそれぐらいの気持ちでクリスマス、まさ君と過ごすわ」
「「おお」」
「そ、その顔はやめなさい……」
作った食べ物を食べてほしいというのはあくまでサブで、メインはまさとそういう関係になりたかったということか。
本当だったらもっと早く動きたかっただろうな、それでもすぐに動けないのが恋でもあるのかもしれない。
「……分かりやすく仲がいいあなた達はどうするの?」
「普通にれいと過ごすよ?」
幼馴染なのに分かりやすく仲が良く見えなかったら嫌だ、だからそう見えるようで安心できた。
彼女が「違う」と否定しなかったのも安心だ、いやもう本当にすぐに不安定になる人間だから確認できたことは大きいことだと言える。
「普通にって、その先を求めることはないの?」
「そのときがくれば自然と変わるから」
「つ、強いのね」
「え、なんでこれで強いということになるの?」
こっちを見てきたが首を振っておいた、上手く説明ができないから仕方がない。
「しづちゃんはよく分からないなあ」
「それはともかく、ここまで早く変わるとは思っていなかったよ」
「まさも変わった――うひゃあ!?」
「俺は変わってないぞ、普通にしづといるだけだ」
この前も考えたようにそういう存在が現れたというだけで彼もあくまでいつも通り自分らしく過ごしているだけか。
「なんか俺のいないところで俺のことを自由に言っていそうだな、ゆめさんよ」
「い、言ってないよっ、だから腕を握るのはやめてっ」
「はぁ、まあいいや」
手を使うスポーツではなくても筋トレとかそういうことを多くしているから痛かったんだろう、まさが去った後も「痛かった」と握られていた場所を擦っていた。
とにかく時間も時間だからまた後で話そうと約束をして教室に戻らせる。
今日もやらなければいけないことを頑張ってからゆっくりしようと決めた。
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