04話.[逃げたりしない]

「ふふふ、今日は絶対に逃さねえ」

「……まさの真似なの? そんなことをしなくたってゆめともいたいんだから逃げたりしないよ」


 寧ろ普段よりも危ない感じで拘束してきているのはいいんだろうか?

 こっちを向いて座っているから顔が近くて正直どこを見ればいいのか分からない、幼馴染が相手だからって所詮僕だから仕方がないんだ。


「髪、伸びたね」

「伸びたら切ってを繰り返しているんだけどね、ちなみにこれはれいが過去に『長い髪の方が好きなんだ』と言っていたからなんだよ?」

「そんなこと言ったことないよ……」


 勝手に言ったことにされてしまうというのは怖いことだった、いい方ならともかく悪い方だったら滅茶苦茶になりそうで嫌だ。

 今日のテンションはおかしいから心配になる、こういう絡み方はほとんどしてきたことがなかったから体調でも悪いのかもしれないと思っておでこに触れてみたが、あくまで普通で理由は分からなかった。


「私だからいいけど、しづちゃんとかにいきなり触れたら『セクハラね』とか言われちゃうから気をつけた方がいいよ」

「ゆめ以外の女の子にはそもそもできないよ」


 仲が深まらない限りはそんなことをするつもりはない。

 まあ、仲が深まれば自然と触れたくなるだろうから彼女以外に仲がいい子がいなくてよかったのかもしれない。


「なんで私ならいいことになっているの? 私がまさのことを本気で好きだったらどうするの?」

「嫌なら嫌と言ってくれればいいよ、というか、普段から求められたとき以外は触れたりは全くしていないから問題ないよね?」

「なんで触れなくていいことになっているの? もっと頭を撫でたりとかしてよ」


 触れたらセクハラ~ということになって、触れなかったら触れてよと言われる中々に難しい話だった。

 だけどいまなら求められたことになるからそうすることができる、んじゃなくて、これは少し前までなら普通のことだからしておいた。


「やっぱりれいの方がいい」

「どうせまさにも求めたんでしょ?」


 してもらったあとに恋をする女の子みたいな顔をしていそうだ。

 こういうときに限って想像力というのは高まるもので、なんとなく今回も微妙な気分になってしまった。

 まさに言われたように僕はゆめのことがそういう意味で好きなのかもしれないのかもしれないし、ただ単純にまさに負けてばかりだからそこだけでは勝ちたいと無駄なプライドからの考えなのかもしれない。

 こういうことを言うならしっかり彼女への気持ちを知ってからじゃないと駄目だ、だからこれも内の奥の方へ抑え込んでおいた。


「そんなことしないよ、私はそんな軽い人間じゃないんだから。まさには何回も嫌だって言っているのに勝手に触れてきて髪をぐしゃぐしゃにしてくるんだから困るよ」

「素直じゃないね、本当はもっとしてほしいとか考えてそう」

「今回の件で素直じゃないのはれいだって分かったからそんな意地悪なことを言っても無駄だよ」


 素直じゃないと指摘することは意地悪なことだったらしい。

 僕はこれまで何回も彼女やまさに素直じゃないねと言い続けてきたからもし本当にそうなら意地悪度ゲージがかなりのものになっていそうだ。


「ちゅー」

「えっ!?」


 彼女はこっちから下りて笑いかけてきた。


「昔もおでこにこうしてあげたら喜んでくれたよね」

「い、いや、喜んでいるんじゃなくて驚いているんだけど……」


 僕らはもう高校生だ、していいこととしてはいけないことというのがはっきりしている状態だ。

 本当に小さい頃ならそういうことをしたって全く問題ないだろうが、特別な関係というわけでもないのにこういうのは不味い。


「こ、後悔しても知らないからね?」

「んー、そのときはれいに責任を取ってもらうから大丈夫だよ」

「な、なんでさっ、それは自業自得でしょ」


 こっちが求めたわけではないし、仮に付き合ったとしてもしてよなんて頼んだりはしない。


「んー! はぁ、喉が乾いたからお茶飲むね」


 彼女はコップに注いでいたお茶を全部飲んでから「本当ならオレンジジュースとかそういうのがいいけど、まあ、文句は言わないよ」と言ってきた、ほとんど同じようなものだと感じるのは僕だけだろうか。


「れいには私が必要なんだよ」

「うん、それはそうだね」

「私にとってもれいは大切な存在だから勘違いしないで」

「大切って、どう大切なの?」

「はぁ、やれやれ、全部聞こうとするなんてやっぱりれいは意地悪だ」


 荷物を持って出ていこうとしたから慌てて追うと「だーめ」と止められてしまって追えなくなった。

 それこそなんで急にとこの前の彼女みたいに聞きたくなることで、なんか遠くに行ってしまいそうで怖かった。

 言葉でだけではなくちょっとした行動だけでこちらを不安定にさせてしまえるのは強いが、やられる側としては勘弁してほしいと言うしかない。


「また明日ね」

「せめてこっちを見てよ」

「だめ、たまにはこういうのもいいじゃん」


 見ることは結局できなかったから鍵を閉めてリビングに戻った。

 部屋にこもると駄目になりそうだったからご飯作りとかそういうことをして誤魔化すことしかできなかった、のだが、


「もしも――」

「聞いてよれい! お母さんが私の好きな漫画を全部持っていっちゃったんだよ!」


 一時間もしない内にそんなことを言われて力が抜ける、意味深な別れ際だったのにこんな緩さでいいんだろうかと聞きたくなる。


「『真面目にお勉強をやるまで返しません』とか言っていたけどさ、結局ただで読めるからそういうことにしているだけだよね!」


 彼女の言い方的には読んでいるんだろうからその発言が全て間違っているということはないだろう――って、そうじゃない、申し訳ないないがその話はいまどうでもいいことだ。


「ゆ、ゆめ、なんでさっきはあんな帰り方をしたの?」

「え、あー、ちょっと……恥ずかしかったからだけど」

「恥ずかしい? え、じゃあまさかなんであんなことをしてしまったんだーって?」

「……昔とはお互いに身長とかも違うわけだしさ、なんか全然違ったんだよ」


 できれば勢いでする前にあれって気づいてほしかった。

 この電話がなかったら僕は間違いなく今日寝られていなかっただろうからやっぱり気をつけてほしかった。




「はい、お弁当」

「本当に作ってきてくれたのか、ありがとよ」


 丁度お昼休みになって移動しようとしたタイミングで彼女が彼にお弁当を渡した。


「あれ、田保さんは隠していたんじゃなかったっけ?」

「仲良くなれたから言ってみたのよ」

「なるほどね」

「ええ、それじゃあ後で感想を聞かせてちょうだい」

「おう、食べさせてもらうわ」


 一緒に食べればいいのにそれだけはしないみたいだった。

 もしこの前のことが影響しているということなら申し訳ないし、別に田保さんがいるから近づけなかったというわけではないから気にしないでほしい。

 でも、言うことはしなかった、その気になれば彼かゆめが誘うだろう。


「ふっ、今日だって早弁したのにまだここにふたつもあるって最高だな」

「嬉しそうだね」

「ああ、食べられるということ自体が幸せなことだからな」


 ど、どうしたんだ彼は、女の子に作ってもらえたことがそんなに嬉しいのか?

 いやまあ、感謝とかそういうのをしっかりする子だから問題ないが、違和感というのはすごすぎて微妙だった。

 言ったところで「なに言っているんだこいつ」という顔で見られてしまうだけだから大人しく自分作のお弁当を食べておくことにする。


「そういえば相棒はどうしたんだ?」

「分からないかな、まあ、これは自由だから」


 午後の授業にも集中できるようにご飯を食べなければいけないことには変わらないんだ、そっちに意識を向けておけばいい。

 来てくれたらそれはもちろん嬉しいことだが、義務感とかそういうことが出てきてしまうと困るんだ。

 もっと自由な感じでいい、気軽に参加したり他の子と過ごしたりして学校生活というやつを楽しんでほしかった。


「美味しいなこれ、しづ自身が言っていたように相当できるみたいだ」

「多分、そうでもなければ作りたいなんて言わないと思うよ」

「そうか? ゆめだったらあんまり得意じゃなくてもれいのために作りたいとか言いそうだが」


 いや、あの子に限ってそれは絶対にない。

「私がれいのお弁当を作るかられいは私のお弁当を作って」と昔、そういう提案をされてゆめのためにお弁当を作ったことがあったのだが、翌日に学校に行ったら「上手くできなかったからやめた」とお昼抜きになったことがあったからだ。


「それにあれだ、仲がいいやつが苦手でも作ってくれたなら俺は絶対に食べるよ」

「そういうところだよ」

「残念だが俺はモテないからな、影響力ってのは皆無に等しいんだよ」


 影響力がないということはあり得ない、特別な気持ちがなくたって絶対にそうだ。

 たまたま分かりやすく踏み込んでこようとする存在がいなかったというだけで、相手がその気になればあっという間に変わっていくことだと思う。


「俺の場合はすぐに腹が減る人間だから作ってくれたみたいだが、実際にこうして作って持ってこられたりすると勘違いしてしまいそうな人間もいそうだよな」


 そりゃあまあ家族でもなんでもない異性のためにお弁当を作るということはほとんどないだろうから仕方がないことではないだろうか。


「正直、俺はまたこれを食べたいと思ってしまっている、これって結構不味いことのような気がするんだが……」

「作ってもらうかわりになにかをしてあげたらいいんじゃない? 田保さんにもメリットがあれば作ってくれると思うけど」


 胃袋を掴むとはこういうことなんだろうか? 相手がそれで気に入って求めてくるようになれば自然と一緒にいられる時間も増えてウインウインということになるが。


「しかもしづって話やすいんだよな、まあ、合わせてくれているだけなんだろうがそういうところもいいんだよな」


 おお、あのまさが女の子に対してこんなことを言うなんて、ちょっと前までなら考えられなかったことだ。

 とにかくお腹減ったお腹減ったからの部活部活部活だったから驚きだ、これはもしかしたらあり得るかもしれない。


「あ、はっきり言っておくがゆめに対する特別な気持ちはないからな? れいがいるからとかじゃなくて本当にないから勘違いしてくれるなよ?」

「自分が言われたわけじゃないのに複雑になるからやめてよ、ゆめはいい子だから聞きたくないんだ」

「それでも言っておかないとれいは変な想像をして離れようとするからな」


 じゃあゆめの中にあるかもしれないと考えるのは駄目だよな、悲しい結果に終わると確定しているのに応援なんかすることはできない。

 流石にこればかりはゆめが決めたことだからと終わらせることはできなかった。


「あのさあ、こっちだってまさに対する特別な気持ちなんてないんですけど、なんで告白をしたわけでもないのに勝手に振られているのかという話なんですけど」

「そうか、それなら安心だ、だって求められても応えられないからな」

「求めません! はぁ、すぐに参加しておけばよかった……」


 彼女はどかっと横に座ってお弁当箱を広げ始めた。

 確かにこうして勝手に振られたら気になるよね、というのが感想だった。




「もう少しで今年も終わりかあ、歳を重ねる度に時間経過が早く感じるんだよねえ」

「だけどちゃんと元気良く生きられているということでもあるからね、悪いことじゃないよね」


 病気を患っているとか死が近いとかそういうことでもないし、ただただ毎日を自分らしく過ごせているということで問題はなかった。

 なにかがあってほしいとかそういう風に考えた自分はいたがあれは間違っていたとしか言いようがない。

 側にゆめがいてまさもいてくれる、たったそれだけのことで十分だった。

 まあ、もちろん家族の存在だって重要で、そういう前提があるからこそのことではあるが細かいことを言う必要は全くない。


「あ、今年のクリスマスプレゼントはダイアモンドでよろしくお願いします」

「百円ストアで買えるきらきらしたやつでいい?」

「だめ! ちゃんとダイアモンドとか宝石でお願いします!」


 そんなの無理だ、近くなったらいい物がないか探しに行こうと決める。

 それになんというかそういう派手な物より身近な物が彼女には似合うんだ。


「そういえばまさがしづちゃんを誘うかもしれ――あ!? こ、これは内緒にしておいてって言われていたんだった!」

「それなら大声はやめなよ……」


 となると、今年は過ごせなくなる可能性もあるということか。

 逆に田保さんも含めて四人で楽しめそうな可能性もあるが、多分、そっち方向へ傾くことはないと思う。

 作ってくれたお弁当の美味しさを求めて云々と言うよりも、単純にまさが田保さんのことを既に求めているような気がした。


「安心していいよ、私は絶対にれいと過ごすから」

「毎年聞いているけど、女の子の友達からは誘われないの?」

「誘われないよ? だって部活に入っている子は部活の子と過ごすし、入っていない子は彼氏さんとか他の子と過ごすからね」

「そっか、無理していないなら僕としては大歓迎だよ」


 それならよかった、今年もしっかり楽しめそうだ。

 ただ、少し気になるのはすぐに付いてこようとすることで、これだとこそこそ贈りたい物を買いに行くこともできない。

 とはいえ、あまりに早いタイミングで選んでしまうと後からこれにしておけばよかったと感じてしまうような物に出会ってしまいそうで怖いからできない。

 なんとなく本人に聞いて買うのは嫌だった、これこそ無駄なプライドだろうが毎年ちゃんと自分で選んできたんだから守り続けたい。


「あっ、宝石が無理ならちゅーでもいいよ!」

「おばかなことを言っていないで早く帰ろう、遅くなると凄く寒くなるからね」

「おばかなことって酷いなあ」


 恋人同士というわけでもないのにそんなことをできるわけがないだろう。

 まあ、発言はともかくこうしてまた一緒にいてくれるようになったことだけは感謝しかない。

 少し失礼なことではあるものの、彼女はこれぐらいでいてくれた方が体調が悪いのかとか気にしなくて済むからよかった。

 親友ふたりがしっかりしすぎていても劣等感というやつを抱くことになるからね。


「ねねね、しづちゃんとまさが付き合ったらどうする?」

「もし本当にそんなことになったらお祝いのケーキでも作ろうかな」

「はははっ、それなら私は飾り付けを担当するね!」

「はは、作ろうとはしないんだね」

「得手不得手というのがありますから、得意分野でだけ人は頑張っておけばいいんですよ」


 苦手なことだけに意識を向けて自滅してしまうよりは確かにその方がいい。

 僕の場合は並行してやることなんてできないから、というのもある。


「ちなみに私が得意なことはれいに甘えることです、上手くできていますか?」

「できていません、急に腕を引っ張られたら相手は驚いてしまいます」

「だけどこうやってぎゅーと抱きしめられたら暖かくていいよね?」

「……ノーコメントでお願いします」


 こんな茶番を繰り広げつつ歩いて、家に着いたらエアコンを点けて床に座った。

 代金が凄く高くなることは分かっていても「遠慮なく使用していい」という両親の言葉に甘えてしまう、お客さんであるゆめもいるんだからと正当化してしまう。


「まさだったらぎゅっと抱きしめ返してくれるんだろうなあ、こういうことではれいより強いだろうなあ」

「まさは強いよ、だから田保さんも惹かれたんじゃないかな」

「……なんでも認めればいいわけじゃないんですけど」


 ひとつ言えるのはまさだったらコントロールできるところでも残念ながらこちらはコントロールできないということだ、酷いことをされたくないなら他人のことを出して煽るみたいなことはやめた方がいい。

 僕だってずっと同じ感じを続けるつもりはない、両思いとかそういう状態になればそりゃ……ね。

 と、とにかく、もっと気をつけてほしかった。

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