03話.[そうなのかなあ]
まさと田保さんはよく一緒にいるようになった。
まあ、僕にも近づけるんだからまさに近づくことなんて余裕だろう、周りの目を気にする必要もないからまさが受け入れてくれるだけであっという間に変わっていく。
ちなみにゆめもよくそこに加わっているからこの前言った「頑張る」という発言はまさを取られないように頑張る、なのかもしれなかった。
そりゃまあ親友的存在を取られてしまうのは誰だって嫌だろうから変なことには見えない、田保さんからすれば微妙な存在だと言えるが。
「暇そうだな親友、暇ならちょっと付き合ってくれよ」
「ゆめと田保さんはいいの?」
「ふたりだけで話しているから問題ないだろ、行こうぜ」
いつもお腹が空いている、からの、そうなんだ的な会話しか学校ではできていなかったからなんか新鮮だった、こっちのことも忘れないでいてくれているということだけでも十分大きいが。
「田保は話しやすいからなんかあっという間に友達みたいになったぞ」
「そもそもふたりともコミュニケーション能力が高いからね、失敗しようがないよ」
「ただ、いきなりすぎてなんでなのかって考えるときはあるんだよな」
近づいた理由を言っていないのか。
本人が教えていないならこちらが勝手に教えるわけにもいかないから確かに分からないねと合わせておく。
こうなったらゆめの方にも触れるかと思ったがそうではなく、いつまで待っても出してくれることはなかった。
誰かが選ばれるのなら誰かが選ばれないのが恋愛だから仕方がないか。
「俺が気になったのはそのことだけじゃなくて、全く来てくれない親友のことでもあるんだがな」
「意識してそうしているわけじゃないよ、休み時間だから積極的に休もうとしているだけなんだ」
そうやって意識して行動していれば家に持ち帰らなくて済んで落ち着ける場所で気持ち良く過ごせる、放課後はゆめの相手をすることが多いからそのときに引っかかる理由を作らないようにするためでもあった。
あと、彼がこう言っている割には近づいてこないし、僕としても来てくれたときだけ相手をさせてもらうというのが一番楽だから続けている形になる。
これが直してほしい部分に該当するなら諦めてもらうしかない、こうやってずっとやってきたから今更変えようとは考えられないし、行動できないんだ。
「ちなみにまさ的にはどうなの? 田保さんが来てくれるのは悪いことじゃない?」
「そりゃそうだろ、ひとりでも多くの人間と仲良くできた方がいいからな」
「そっか、まさがそうなら近づくことを選んだ田保さん的には嬉しいだろうね」
ここまでゆめに触れないのはどうしてなんだ? 逆に距離が近すぎることでそういう対象としては見られないのか? まあ、これまでも似たようなことがあったから変わった感じがしないということなら、ちょっと違和感はあるが分からなくもないが。
「ほら」
「ありがとう、お金は後で返すから安心してよ」
「そんなの――」
「駄目だよ」
冬だろうがなんだろうが甘ければいつだって美味しく飲める。
疲れを吹き飛ばしてくれるとまで言うと大袈裟になってしまうが、多少の複雑はどうにかしてしまえるだけのパワーがあった。
ただ、まだお金を払っていないということが気になってしまったため、こういうのは自分で買うに限ると学ぶ。
「あ、そういえばゆめのことなんだが――」
「まさ、れい、こんなところにいたんだ」
ああっ、丁度いいところで本人が来てしまって中断となってしまった。
多分、この続きを話してくれるのはいまみたいにふたりきりになったときだけ、つまりすぐには知ることができないということになる。
こういうのが一番嫌だった、変なところで止められるとそれに意識が持っていかれていつも通りではいられなくなるからだ。
「ゆめ? 言ってから移動したわけでもないのによく分かったな?」
「寒いのに敢えてふたりが教室から出ていったからだよ、そうしたら大体は理由を察することができるからね」
トイレに一緒に行こう誘うことはないだろうが、だからといってここに移動するとも決まっているわけでもない。
今回のこれが大事な話がしたくてただ人気がない廊下に移動したいだけだったらどうしていたんだろう? 見つかるまで探していたんだろうか?
「まさに用があったんだよね、じゃあ僕はこれで戻るよ」
僕がいるところでは素直になりにくいということだったからなるべくそうならないようにこっちだって行動をする。
まさはそういうことで動じたりする子ではないからどうしてもこういうときはゆめのために、となっていく。
ただまあ、そうやって行動しておきながらあれだが寂しいのは確かなことだった。
しかも仮にそうなっても一緒にいられるとかなんとか考えていたものの、その時間だって分かりやすく減っているいまとなっては正直……。
「ふぅ、切り替えよう」
本当にしたいことをできているんだから喜んでおくべきだ。
だから悪く考える必要は全くなかった。
「――という感じね」
「うん、順調に仲良くなれているのはただ見ているだけでも分かるよ」
それよりなんでそれをこっちに報告するのか、という話だ。
お前と違ってゆめやまさといられているから、というわけでもないだろうし、興味があるとかそういうことを僕にも話してくれたからだろうか?
「ところで、これなら学校でもよかったと思うけど」
「あなたがいつもすぐに帰ろうとするからじゃない」
「家が一番落ち着くからね。まさは部活だし、ゆめは来なくなったから残っている意味もなくてさ」
ご飯作りの時間を遅らせて部屋で休むということを多くしていた。
いつもしていたようなものだが自分の考えた通りに過ごせるというのは悪くない。
相手がまさでもゆめでも人と話すということはなんだかんだで失敗しないように意識しなければならないため、そうしなくていいというのは疲れなくてよかったんだ。
まあ、そのかわりに得たというか寂しさを感じるようになってしまったわけだから何事にもメリット及びデメリットがあるんだなって、ね。
「誰か来たわね」
「出てくるよ」
出てみたらそこに立っていたのは意外にもゆめだった。
彼女はこちらになにかを言うことをせずに家の中に入ってリビングに移動した。
こちらとしては全く構わないから台所に移動して飲み物を持ってきて机に置く、それから椅子に座ってふたりの方に意識を向けた。
「なんでしづちゃんがれいのお家にいるの?」
「ゆっくり話せていなかったからよ、彼に色々と報告していたの」
「そうなんだ、確かにれいは自分から来てくれないもんね」
「ええ、そうね」
ああ、そこか、そこが僕とまさの違いか。
ああいや、それ以外でも負けているところばかりだが、そういう小さなことで案外決まってしまうということなのかもしれない。
「れい、まさが寂しそうな顔をしてたよ? なんで一緒にいてあげないの?」
「田保さんやゆめと話せて楽しそうだからだよ」
「しづちゃんはともかくとして、私が一緒にいるだけなら全く問題なく近づけると思うけど」
正直に言うとなんか近づきにくいんだ、無自覚に線を引いてしまっている可能性がある。
自分からこれまでのように近づくことは普通にできることだが、三人の仲が深まれば深まるほど疎外感を感じるだろうから今回も自分のためにしているんだ。
「まさにはまさのしたいことがあるように僕にも僕のしたいことがあるんだよ、いまのままでも全く問題なく過ごせているんだから僕はこのままでいいと思うよ」
もう少しぐらい同じように過ごしていたらきっとそんなことを考えることはなくなる、いまはふたりが来てくれるようになってたまたま来ていない僕のことが目立ってしまうだけなんだ。
「私が理由なの?」
「え? まさかそんなことを言われるとは思っていなかったな」
「私が尾川君に近づいたからじゃない? ゆめさんとしても多分それが影響していると思うの」
違う、関係ないとは言えないのがなんとも……。
だが、自分のためにやめろなんて言うことはできない、だから結局この話を続けたところでなにかが変わるわけではないんだ。
「言いたいことも言えたから私は帰るわ、ゆめさんとよく話し合ってちょうだい」
「それはともかく帰るなら気をつけてね」
「ありがとう」
ここでゆめとふたりきりになったのは一週間ぶりだからなんか気になる。
救いなのはこういうときに甘えてはこないということだろう。
明らかにまさと仲良くしようとしているのに裏ではそんなことをしているということになったらこっちが嫌だった。
「れい、もしかしてなにか勘違いしてる? 私がまさと特別な関係になれるように動いている風に見えたりしている?」
「見えていたとしてもそうでなくてもゆめの自由だ、そんなことで近づくことをやめたりはしないよ」
僕がそんな人間だと分かったらドン引きしてふたりの方が離れていく。
だが、そのように見えるというのであれば舐めてくれるなよと親友が相手でも言いたくなるものだ、何故ならそこまで変な人間はやっていないからだ。
「さっきの発言はちょっと足りなかったね、そこにはゆめのことだって含まれているんだよ。それぞれ自分のしたいことをしているだけなんだ、だからこれは全く変なことではないんだよ」
まあ、嘘に嘘を重ねて引けなくなっているというのも事実だった。
所詮、前にも言ったようにずっといてほしい、甘えてほしいというのが実際のところなんだ。
これは相手のためにだとかそういう風に自分を納得させようと頑張っているだけ、まさやゆめがこちらの心を読めるならいま頃大爆笑だろうな。
「……本当に勘違いしているわけではないの?」
「……いきなり時間を増やしたから、まあ、怪しく見えるよね」
「結局それじゃん……」
「い、いや、だって田保さんが近づいたタイミングでそうするから怪しいでしょ――あ、別に誰かを好きになることは悪いことじゃないから責めているわけじゃないよ」
そんなことがしたかったわけではないから勘違いしないでほしい。
ただ、いまので本当のところを知られてしまったようなものだからどうなるのかは容易に想像できてしまった。
「つまり私がまさと仲良くしているところを見て嫌になったんだよね? だから近づくのをやめたってことだよね」
「まあ、そう……なのかなあ」
もしかしたら僕の中の一部ぐらいはまさに嫉妬していたのもあるのかもしれない。
これを言うのは違うから隠しておくが、もしそうなんだとしたらこれはかなり恥ずかしいことだと思う。
だってただの幼馴染というだけの彼女が取られそうになって嫌だと感じてしまっているからだ。
「ふふふ、それならちゃんと相手をしてあげないとね」
「いや、ゆめはこれまで通り自分のしたいように行動してくれればいいよ」
「ばか」
こうやって片方に話せただけでもスッキリできた、ちゃんと話さないと相手には伝わらないんだからこれが必要なことだった。
邪魔をしたくはないからこのままでいい、それで本当にたまにこうして一緒に過ごせれば僕的には十分だと言える。
大切な存在が相手だからこその対応だ、これまた勘違いはしてほしくなかった。
「ちょ、机ドンをするなら女の子にしなよ」
「今日は絶対に逃さねえ、丁度部活も休みの日だから助かったぜ」
彼はやたらと真剣な顔でこっちを見下ろしてきている。
もし自分が女の子で彼のことが気になっていたのならそういう大胆なところに惹かれるか、こういうことをされて怖くなっていたかのどちらかだ。
「で、やっぱりゆめは女子だからいいのか?」
「違うよ、あれはゆめが勝手にやっているだけだ」
休み時間は何度も来てくれたが今日は珍しく女の子の友達に誘われて遊びに行ったからここには残っていない。
彼とふたりきりになるのが久しぶりというわけではないものの、なんか悲しそうにも寂しそうにも見える顔をされると微妙な気持ちになる。
「じゃあ俺も勝手にやるわ、そもそも親友が相手なのに遠慮する必要なんかねえし」
「親友だから遠慮が必要になるときもあるんじゃない?」
「知らねえよ、勝手に勘違いして勝手に距離を作る人間なんてあり得ないぞ」
「……仲間外れにされるのが嫌だったんだよ」
直接言われることよりも遠回しにとかそういうのが一番嫌だったんだ。
僕のなにかが悪いならそこも含めて言ってくれた方がいい、そんなことにはならないのが一番ではあるがなんでとなりにくいからだった。
「いつも仲間外れにされていたのが俺だろ、なんだよ、ただちょっと俺のところに行く回数が増えたからって不安になりやがって」
「これまではなかったんだよ? 小学生の頃から一緒にいるのはゆめも同じで、そこに恋愛感情が絶対に出てこないなんて言えないことなんだからさ」
「つかれい、ゆめのことそういう意味で好きなのか?」
「かどうかはともかくとして、結局本当のところは本人にしか分からないんだよ」
明日からはまた来てくれなくなるかもしれない、教室に来ている理由だって彼なのかもしれない。
これははっきりしてくれない限りずっと分からないことだ、そういうのもあって自分を守ろうとしたのにゆめが、そしてまさがそれを壊そうとする。
「君はどうなの? 好きならはっきりしてよ、そうしたら僕だって気持ち良く応援することができるから」
「嘘だな、ただ近づく回数を増やしただけで今回のこれだぞ? ゆめが本当にそういうつもりで動いたられいは駄目になるな」
「流石にそこまでじゃないよ、ちょっと僕のことを舐めているところがあるよね」
「少なくとも俺はそんなことで動じない、つか、れいにゆめが近づく度に動じていたら部活なんかできなくなるぐらい疲れちまうからな」
僕もそうだがああ言えばこう言うという典型的な例だ、延々平行線になるからこれ以上はやめておこう。
「ゆめがここにいたら間違いなく笑われているぞ」
「もういいから帰ろう、たまにはもうひとりの親友と帰るのも悪くはないからね」
せっかく部活もなくて休めるんだから早く学校を離れるべきだ。
間違いなくこのまま僕の家まで付いてくるだろうが、それでも慣れた場所だから休めるので問題はない。
「アイスでも食べる?」
「それよりおでんだろ、いま冷たくしたくねえよ」
「敢えて冬にアイスを食べるのも悪くはないんだけどなあ」
欲張ってこっちはアイスを食べてからおでんを食べることにした。
これならすぐに暖めることができるからどうかと提案してみたものの、彼は冷たい顔で「アイスを我慢すればおでん代だけでいいからな」と。
これを見ただけでも分かるように本当に付き合いが悪かったのは彼だった、ということになる。
自分だって全くこっちに来ていなかったくせにまるで自分は悪くないみたいな言い方は駄目だよなあ。
「じゃああとは田保のことだな」
「田保さんがどうしたの?」
「俺に興味があるのかって考えたんだが、れい的にはどう見える?」
「近づいているということはそうなんじゃない?」
田保さんのことにだけはやたらと触れようとする彼のことだから違和感というのは全くなかった。
ゆめにそういう気持ちが本当にないのなら応援するのだが……。
「まあでも、田保と話せるのもいまとなっては楽しみになっているから悪くないな」
「じゃあ僕なんてどうでもよかったじゃん」
そっちはともかくこっちは自分を守ることができなくなってしまって不安になりかけているというのに勝手だ。
「れいと話せている状態ならもっと楽しめるということだ、それとこれとは別というやつなんだよ」
「僕のこと好きすぎー」
「親友なんだから当たり前だ」
元々不安定になる人間ではないから期待するだけ無駄だった。
こうしてまさと話せているならゆめもいてほしいと感じてしまったのだった。
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