第7話 黒崎君の資質

黒崎は男の目を見たまま固まった。

ギフトの干渉を受けている、つまり黒崎は何かしらの攻撃を受けているような状態ということを宣告されたわけだ。

しかし、黒崎の体に痛みはない。目は見えて音は聞こえる。五感も正常に働いている。男の一言によって、疑心暗鬼と混乱の渦に叩き落された。


「私のスコッチを返してくれないか」男はわらって手の平を見せた。

「昔、嫌いだった上司もマッカランが好きだったよ」黒崎はグラスを取り出し、手の平の上に置いた。男は何も言わずに黒崎を覗き込む。


黒崎は振り返ってゆうかや白馬を見た。2人は先ほどと変わらない場所にいる。

ゆうかはビールを飲み、白馬は食器を拭いていた。

「私たちは何もやってないよ、ヒントもあげない、頑張りな」ゆうかはこちらに目もくれずにそう告げた。

2人の様子を見ると、どうも彼らも過去にこれを経験しているらしい。この緊張感を伴うイベントに戸惑う様子を見せていなかった。


改めて、周りをよく観察する。ここは駅近くのバーだ。

駅での襲撃を受けた後に、ゆうかに連れられてここへ入った。暖色の照明は明るすぎず、落ち着いた空気を注いでくれる。深い飴色の丸いテーブルに長いカウンター、高い椅子、黒崎の右隣にはゆうか、左隣にはボスとされる男。


ビルの2階にこのバーはある。駅から走ってここへ来た。久々に走るのは辛く、10段ほどの階段で息はあがりきっていた。息を切らしながらドアを押してここに入った。


黒崎は立ち上がり、ドアに近寄った。ドアを引くと上につけられた鈴が鳴る。

ガラスに写る自分を見つめる。何もおかしなことはなかった。


少し状況をまとめるために思考を巡らせる。黒崎に向けられている何かは外傷や苦痛をもたらすようなものではない。五感を乱れさせるものでもない。ここまで、突然のことばかりで混乱はしていたが違和感を覚えるものはなかった。


いや、違う。違和感はある。

何かがおかしいという思いはあった。


「あと5分だよクロちゃん君」男が背中を向けながら言った。

「わかってるよ」苛立つ。ここまで来て、落第とされて帰らされることは屈辱であった。


自分の能力を確認する。文庫本や鉛筆を取り出してくる。先ほど仕舞ったモデルガンも出す。能力は使える。そういうものを封じるわけではないらしい。というか、さっきだって使ったじゃないか。あいつのマッカランを隠してやったじゃないか。


「あ? 」


少し目をつむる。眉間に指をやって強く押す。

何故、あの男は傘を持ってきたんだ。外に雨は降っていなかった。

カウンターに引っかけられた傘に目をやる。濡れている様子はない。

何故、傘を持ち歩いている。言っているギフトに関係する道具なのか?


何故、さっき傘を見た時に変だと思わなかったんだ。

黒崎は数分前のことを思い出す。男はここに入って、傘をしまってから歩いて来た。

つまり、開いていたということだ。


ドアを開けて外を見る。ビルの色気のない階段があるだけだ。

だが、傘があるからといって何も関係がない。雨が降っているわけでもないし。


「あと3分」声がする。

しつこい。時間が短いことはもうわかっている。焦りが胸と喉元を圧迫する。



わかっている。


わかっているんだ。


「あと1分」

「いや、もういい」

黒崎は席に座りなおした。

「サレンダーか、なら帰っていいぞ」

「いや、わかったんだ」

黒崎は男の前に置かれたボトル。マッカラン25年を引き寄せた。

「わかったっていうより、思い出したが正しいな」

「思い出した? 」



「これは2回目なんだろう、俺が忘れてるだけで1度体験してる」

カウンターの向こうの棚を見つめる。並んだ瓶はどれも鈍く光っていた。

「たぶん、時間にして5分ほどだ、あなたは俺に初めましてと言ったが、その前に会っている。そうだろう」

「どうして」

男の声は落ち着いていた。

「どうしてそう思ったんだ」

黒崎は少し笑う。

「俺は酒を飲まない、でもそれがマッカランの25年だってわかってたんだ、可笑しいだろう」

ボトルのラベルをつつく。

「おそらく、俺が思い出せない時間の間に刷り込まれてるんだ、どういう理屈かはわからないけど、たぶんね」



「おめでとう、すばらしいね」

男がこちらを見て手を叩いた。思わず口角が上がる。

「3回目で気づけたのは君が初めてだ」

「はあ? 」

男は笑っていた。


「君の推測はおおよそ当たってる。記憶を消したというより、認識できなくしている。出来事があったという記憶を認識できないようにするギフトだ。時間は5分、それも正しい」男は続ける。

「ただ、これは3回目だ。おそらく、テストの1回目だと思っているだろう。君は2回、真実にたどり着けずに失敗している」


黒崎の口角が上がる。笑っているわけではない。引きつっている。

「じゃあ、俺の中には2回分の失敗の記憶があるはずなのか」

「そうだね、そのうち思い出す、恥ずかしくなるだけだろうけど」

力が抜けてカウンターに突っ伏す。ギフトとやらの干渉はわけがわからない。

「落ち込んでいるかもしれないけど、そこの2人よりはマシだ」


ゆうかは手を開いて黒崎に見せた。

「私は5回やった、そのうち2回でボスを殴ったらしい」

白馬は万歳の格好をした。

「俺は13回やったらしい、疑り深さが不幸したよ。自分の肥満が干渉の結果だと思い込んじまった」

ここで黒崎は気がついた。

「これをスカウトのテストだって言ってたけど、そんだけ繰り返したってことは」

「テストじゃなくて、補習ってこと」ゆうかが目を大きくして答える。


「3回で気付きを得た君は素質がある。ちなみに私が持ち込んだ傘は違和感を持つためのヒントだ」


なるほどなるほど、ギフトというのは相当に厄介なことがわかった。

「これをテストとして実施しているのはギフトの特性を理解するためだ。人のギフトから身を守る手法は未だに未完成だからな」


男は折りたたまれた紙を黒崎の前に出した。

「契約書だ、私に協力してほしい」

黒崎は契約書の内容を見て戸惑った。5分ほどの時間をかけて読んで確認して、それでも書いてある内容は現実離れしていた。

「君たちもサインしたのか」

ゆうかと白馬は頷いた。


しばし考えを巡らしたが、観念した。黒崎はペンを取り出し、名前を書いた。


「よーし、これで君はファミリーだ」

「ザビ家みたいな構成ね」

「それだと俺はドズルか」

「それ、全員死ぬ運命にない? 」

「じゃあ劉備と関羽と張飛」

「女がいないんだけど、それだと」

「どうでもいいけど、このバーの椅子は硬すぎる」

「俺の店にケチをつけるなガルマ」


その日、4人でグラスを合わせた。

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Prayer in Action たくみ@もう食べられません @kintarou2501

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