第4話 突発戦

コメディアンの体に37発の鉛玉が撃ち込まれて以降、世界は一時的な混乱状態に陥った。誰でも笑わせることができるという平和的な能力のプレイヤーに恐怖した者達がいた。それによって悲劇は起きた。


しかし、問題は彼以上のプレイヤーがいることであった。空をぶ謎の人間や連続爆破がプレイヤーによるものと推定された。そして、大方そういったものは正しかった。


すぐに人々は疑心暗鬼に陥り、プレイヤーを危険視する声が挙がった。そうして、事態の把握に努める極めて冷静な一部の人間によって1つの事実が明るみになる。


ある日を境にプレイヤーは「発生」し、彼らは全人口の1%かそれ以上にあたるという研究が発表されたのだ。


この発表を機に、全世界が一旦の落ち着きを取り戻した。わかっている。これは落ち着きなどではない。

驚きすぎると声が出ないように、体が硬直するばかりで何もできないように、同じことだ。未曾有の事態に誰も、何も、考えられていないだけなのだ。



黒崎は一連の騒動を他人事のように見ていた。今、自分にとって大事なのはいけ好かない塾長に手を出さないことであった。

「be動詞の文章だから、主語に対応した動詞を選ばないとだめだよ」

中学3年生の女の子に声をかける。

「先生、よくわからないんだけど、教え方悪くない? 」

思わず頬が引きつる。この生徒にはこの部分を先週も教えていたはずだ。

「じゃあ、まずは対応するbe動詞を覚えようか」

「それ、先週もやったよね? 」

ぶん殴りたくなる。衝動を抑える。


教科書に沿って、90分の授業を終える。テキストなどを片付けているところで塾長から呼び止められる。

「黒崎くんさ、今日でどれくらいかな」いやな汗を背中にかく。

「2週間目ぐらいですかね」

「ああ、そう」わかってて言ってるだろうが。

「うちね、他の先生は大学生だけなのね、黒崎くんだけ学生じゃなくってさ」

わかっている。そんなことは元から承知のはずだろう。


そこから数分は説教とも説得ともとれないような話が続いた。有耶無耶にして塾を出る。

「要するに、やめろってことだわな」

ペットボトルのコーヒーを片手に駅のベンチに座る。バイトの道具はすでに家にしまっていた。ため息をついて、来たばかりの電車に乗り込んだ。


電車が動きだす。流れる景色を見るために窓を眺める。車内の様子が薄くガラスに写る。


動くべきだ。気づくことができた。


次の駅でドアが開いた瞬間、飛び出したくなる気持ちを抑えて車内に残った。

機械がドアの閉まるサインを流す。コンプレッサーが空気を取り込む音がする。

脱兎のごとく、閉まりかけるドアから飛び出す。

車内では驚いたようにこちらを見つめる男が2人いる。

目つきが普通じゃない。気づくなと言われてもすぐにわかる。俺を狙ってきたんだ。

息を吐いて、周りを見渡した。男が1人、こちらを伺っているだけであった。




1人。


すぐに向き直る。

「大人しくしてほしい」

腰を低く構えた男は右手に光る何かを持っていた。

「やめてくれ、勘弁してくれ、なんなんだ」

ほとんど泣きそうになって黒崎が訴える。

「じゃあ、俺たちに協力すると言え! 」

駅に怒鳴り声が響く。

男の右手が素早く動くのが見えた。仕込んでいたクラッカーの紐を引く。


パンッ!という音と共に男の動きが止まった。

クラッカーを仕舞い、モデルガンを出して素早く構えた。

「大人しくしてほしい」


しばし時間は止まった。先ほどのクラッカーから放たれた金色のテープがゆらゆらと落ちてくる。

「さすがプレイヤー」男が口を開く。

「だが、銃口が爪楊枝ほどしかないモデルガンを使うのはお粗末だな」

黒崎は呪った。自分の考えの甘さ、そして東京マルイの双方を呪った。


男が距離を詰める。諦めて目をつむる。



固く目をつむってから10秒ほどが経ったが、何も起こらない。来るべき激痛もなかった。ゆっくり、目を開ける。


「あんた本当にプレイヤーなの? 」

いつかの喫茶店の彼女が立っている。男は地面に倒れていた。

「あの時の、ああ? 」

「ここじゃ説明できないから、ついてきて」

足に力を入れなおして、よろけるように彼女を追った。

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