第3話 プレイヤーとコメディアン
黒崎は自分の「得たもの」を徐々に把握していった。
自分が思い浮かべた「自分の部屋にあるもの」をマジシャンのように取り出すことができて、自分が今持っているものを「自分の部屋にしまう」ことができる。おおよそ、このようなものであった。
便利なものを習得したらしい。本を閉じて手で覆い隠す。本はない。
人から見られないようにする動作が必要らしい。皆から見られている状態で手にあるものは消せない。マジシャンのように視線を散らすような工夫が必要であった。
しかし、これは黒崎の生活を劇的に変化させたわけではない。
頭をひねったところで、これは精々ケチな泥棒に便利なくらいで、人生を大幅に変えるような展開は思い浮かばない。ドラッグストアでヘアジェルを盗んでみせたが、その行為自体が哀れになってすぐに取り出して元の場所に戻した。
結局、従業員から不審に思われるだけで終わり、以降その店舗には近づけてすらいない。
黒崎の生活を向上させた点で言えば、求人情報誌をいつでも開けるようになったことくらいだ。今は英語教師の求人を探していた。学生時代の経験で、英語の講師ぐらいなら「こなせる」と考えていたのだ。
その日は喫茶店で情報誌を広げていた。ここのコーヒーは苦みが強すぎるくらいで、黒崎はそれを気に入っていた。店内を流れるラジオがFMではなく、AMの放送局に設定されているところも好感が持てた。
ペンを片手に求人を眺めていた。窓の外を行く人たちはどことなく急いでいるようであった。急ぐ理由があることも羨ましい。
飲食店や接客業の求人項目にバツ印をしていた。単純作業を繰り返す中で空いた脳のメモリに、ラジオニュースが入ってくる。
「世界各国で続く珍事件の数々ですが、新たなニュースです。アメリカに空飛ぶスーパーマンのようなものが現れました……」
アナウンサーは原稿をただ読み切るように伝えた。そのニュースに注意を払う店内の客もいなかった。
ここ最近になって、おかしな事件や事故が世界中で見られるようになった。急に爆発する車であったり、集団ヒステリーを起こした学生達など、テレビや新聞でそういったものが取り上げられるようになったのだ。
オカルトの一種だと思われているそういった事例を見るたびに、黒崎にはささくれのように引っかかるものができた。
これはオカルトや作り話ではない。
そう確信できる自信があった。これがオカルトであれば、自分自身がオカルトそのもであるからだ。
あの部屋に行ったのは俺だけじゃないのかもしれない。コーヒーを含むが、味はいまいちわからなかった。
店の扉が開いた。最初は気にも留めなかった。彼女が向かいの席に座るまでは。
知らない女が黒崎の座るボックス席に腰を下ろした。
店員が水を置く。様子を見てカウンターの中へと戻っていく。
「あなた、あの部屋に行ったでしょう」
黒崎は何も答えなかった。
「今、プレイヤーを集めているの。力になってほしい」
「プレイヤーってなんだ」
彼女が少し顔をしかめる。説明に困っているように見えた。
「あなた達みたいな人をプレイヤーって言うのよ」
「俺みたいなって」
「自分でわかるでしょう、人と違うってことは」
黒崎は戸惑うしかなかった。自分はプレイヤーと呼ばれる存在なのか。
言葉を返せなかった黒崎にしびれを切らした彼女は名刺をテーブルに置いた。
「また来るわ、とにかく悪い話じゃない。困ったら連絡して」
それだけを言い残して彼女は去っていった。
2週間後、自ら「プレイヤー」であることを公表したアメリカのコメディアンが銃撃を受けて殺された。
世界がプレイヤーを認知した。
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