第10話 俺達の音
次の日、昼休みになると同時に俺は三浦のクラスに行く。
三浦はクラスメートと机をくっつけて昼食の真っ最中だった。
俺はかまわずずかずかと教室の中を進んでいき、三浦の席の前に立つ。
「話がある」
「あたしにはないけど?」
三浦はそう言うと、俺を無視して箸でタコさんウインナをつまんだ。
唯の友人と思われる女子は俺を見た後、三浦に「いいの?」的な視線を投げた。
でも三浦は「いいのよ」というように目配せをする。
「お前が怒るのはわかるよ」
「どうかしら。だったら何であの時桜に言わなかったの?」
「それは――」
「まあ仕方ないか。彼方は前から桜には特別甘かったし」
「そんなことはないと思う」
「どうかしら」
三浦は俺と目を合わせようともしない。黙々と食事を進めている。
「桜には俺から話してみる。だから――」
「……どうしてよ?」
「え?」
「彼方はどうして、そんなに……あーっ、もうっ!」
そこまで言うと三浦は急に勢いよく席を立つ。
「三浦?」
「場所を変えましょう」
「話を聞いてくれるのか?」
「そうしないと落ち着いて食べられないものね」
*
「――桜はあたし達の音を聴いてない」
三浦は屋上の扉を閉めると同時に、根本的な問題を俺に突きつけた。
「いえ、もしかしたら聴こえないのかもね」
強い風が吹く。暦の上では春は来ていたが、まだ十分に冷たい。
「……うん」
俺は小さくうなづいた。
「あいつは夏海のピアノにばかり意識がいってしまってる。あれは俺達の音じゃない」
「そうよ! あたし達の音はあんなんじゃなかったわよ! あたしにとってもあんた達と組むのは特別なのよ! つまらない感傷で汚されるくらいなら、もう演らない方がずっとマシよ!」
三浦はフェンスの側まで歩いていくと上靴の先でネットを蹴飛ばした。
「でも、昨日のアレは変則的だった。夏海は俺達に合わせられない。俺達が合わせるしかない。だから桜は」
「本当にそんな問題だと思ってるの?!」
三浦はぎりぎりとネットを握り締めた。
「やめろ、指が傷つく」
「あたしの指なんかどうでもいいわよ! あんた桜を何とかしなさいよ! あたしの音も彼方の音も添え物じゃないのよ! ……ちゃんと仲間だと認めてよ!」
三浦の声に嗚咽が混じった。
「彼方はどうして平気なのよ? 悲しくないの?! 辛くないの?! 彼方はこんなに桜を心配してるのに……。三年もずっと見守ってたのに……そんなの酷すぎるじゃない!」
「唯、お前……」
――ごめん
「「!」」
突然の声に俺と三浦は給水塔の方を見上げた。
桜がすまなさそうな顔をして、陰から出てきた。
「立ち聞きするつもりはなかったけど。私いつもお昼ここだから」
「「……」」
俺も三浦も何も言わない。
「私、皆の音聞いてなかった?」
桜は階段を下りながら、俺達を見た。
「ええ」
三浦は桜に鋭い視線を投げて、きっぱりと答えた。
「二ノ宮は? 二ノ宮もそう思った?」
桜が俺に視線を移した。
「……聞いてなかった」
自分の耳に嘘はつけない。俺は桜から視線をはずして答えた。
「そっか……。二人がそう感じたんなら、そうだったんだね。ごめん。無理に頼んでおいて酷いよね。本当にごめん」
「まだ卒業式まで三日ある。練習して何とか――」
「ううん、もういい」
桜は首を振った。
「いいわけないだろう?! 夏海との約束果たすんじゃなかったのか?」
「果たしたいよ。でも、無理だから」
「無理って……」
「そうね。技術的な問題じゃないものね。桜の意識が変わらなければ、いくら練習したって結果は同じ」
三浦が厳しい視線を桜に向ける。
「唯、待ってくれ。桜には俺が」
三浦が右手を強くフェンスに叩き付けた。
「いつまでもういない人間にこだわってるつもりなの?! 二人とも!」
「……」
「唯」
俺と桜は言葉が出ない。
「好きなのよ……くやしいけど、あんた達の音がすごく好きなのよ……だから、だから……!」
三浦は地面に座り込んで泣き始めた。
「夏海は……夏海は、今でも、私の友達だから」
「……馬鹿よ、あんた」
「ごめんね、唯」
桜は肩を落としたまま、扉を開いて姿を消した。
「馬鹿! わからずや!」
三浦は閉じられた扉に向かって、涙声で叫んだ。
「唯」
「……何よ」
ぐしゅぐしゅと涙を手の甲で拭いながら三浦が俺を見上げた。
「後は俺にまかせてくれないか? 三日後、お前の好きな音を必ず聴かせてやる。それが俺にできるお前への償いだ。それで今までのこと、許してほしい」
俺はそう言って手を三浦に差し出した。
「……嫌」
でも三浦は首を横に振った。
「三日後だけじゃ、嫌。これからもずっと聴かせてくれなきゃ嫌。桜といっしょにウチの部に入ってよ。そうじゃなきゃ許さない」
「わかった。約束する」
「……うん」
俺の言葉を聞いて、三浦はようやく俺の手をとってくれた。
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