第8話 四人目は

「――で、この子何でこんなトコで寝とるん?」

「……彼方は昔からドコでも寝るから」


 ん? 唯のヤツいつの間に俺を呼び捨てるようになったんだ。


「寝顔かわいいな、この子まつ毛長いし女の子みたいやな」


 この声の人はえーと……。


「もう時間ないし起こそう」

「ちょっ、桜! バイオリンケースで叩くのはやめなさいよ!」


 はい?

 身の危険を感じて、俺の意識は一気に覚醒した。

 目を開けると世界は揺れていた。


「二ノ宮、眠るな! 眠ったら死ぬぞっ」


 ぱぱぱぱぱん!


 駅前で寝コケていた俺は、いきなり桜にビンタを食らう。



「あ痛たたたたっ! 起きた! もう起きたからっ!」


 俺はもたれていた伝言板から転がるようにして移動する。


「きゃあ! 大丈夫? 彼方」

「自分、寝起きにいきなり激しい運動はよくないで」


 俺は頬を撫でながら、周囲を見渡した。

 どうも待ち合わせをしてる途中で伝言板にもたれて眠りこけてしまったらしい。まあ、いつもならまだ寝てる時間だしな。


「あ、ど、ども」


 とりあえず、三浦と瑠子先輩に手をあげて挨拶をした。


「おはよう、二ノ宮」

「おはよう、桜。あと痛いぞこの野郎」

「だって、起きないと危険だし」

「ここは雪山じゃないから。次からはもっと普通に起こしてくれ」

「普通ってどんな風に?」

「ちゅーとか」と瑠子先輩が唇を尖らす。

「わかった。次はちゅーする」


 そう言って、桜と瑠子先輩は親指を立ててウインクをした。

 何気に気が合ってるようだ。


「ば、ばかっ! そんなん気軽にしないの!」


 例によって唯一の良識派である唯が、顔を赤くして怒り出す。


「でも、どうせもうすぐエロいことするし」


 そんな唯の感情を知るよしもない桜はあっさりとまた爆弾発言をする。


「な、あ、あれはやっばり本当だったのね! こらぁっ! 彼方っっ!」

「本当じゃない! 桜が勝手に言ってるだけだ!」

「もしそんなことしたら、チェロケースでぶっとばすからね!」

「そんなごついんで殴られたら死んでまうで、唯」

「いいんです! 死ななきゃこの男のエロは治らないんです!」


 俺は不治の病か。


「まあ二ノ宮がエロいのはいいとして」桜はやれやれと両手を広げてみせる。

「良くない! つーか俺がエロいと決めつけるな!」

「先生待ってるから、もう行こう」


 桜は俺の反論をスルーしてスタスタと歩き出した。


「ちょっと待て。桜、先生って何だ?」

「今日は予行演習やるんでしょ? スタジオじゃないの?」


 俺と三浦が問う。


「ううん、夏海との約束を果たしたいだけだから。もう本番と同じイメージでやりたい」

「……それって……」


 微かに三浦の表情が陰る。


「なあ自分達、夏海て子との約束ってどんなんやの? あんたらでもう一回、演ることなのはわかるけど……いつどこで演るのん?」

「場所は俺達の母校ですよ。二年前に卒業した」


 俺が先輩に答える。


「時期は卒業式の日です。そうよね? 桜」


 唯の言葉に桜はこくこくうなづいた。


「俺達が前の学校で二年だったとき、先輩達を送る会で演奏するつもりだったんです」

「なるほど、それが夏海いう子の企画だったわけやね」

「夏海もその会の後、フランスへ留学する予定だったんです。だから――私達が組んでやる最後の演奏になるはずだった」


 三浦の表情がさらに歪む。


「それを今から実現したいと、そういうことなん?」


 先輩の言葉に、またこくこくと桜がうなづく。


「桜、もう一つ聞きたい」

「何?」

「お前は俺と三浦にカルテットを組みたいと言った。でも」

「そうよ。ピアノは? ピアノはどうするのよ?」


 俺と三浦が桜を見る。


「大丈夫」


 桜は薄く笑う。

 でも、その笑顔はどこかあやういすぐにも壊れてしまいそうな印象を俺に与えた。


「ピアノはもちろん夏海が弾くから」

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