第7話 昔話


俺達がまだ小学生で、三人が当たり前だった頃。

俺と夏海は駅の改札口で三浦唯が来るのを待っていた。

せっかくの日曜だから本当は昼まで寝ていたかったのだが、夏海にケータイでたたき起こされたのだ。

伝言板の前で唯を待ちながら、夏海はぽつんと俺に言った。


「ねえ、彼方」

「何だ?」

「私、彼方に一生に一度のお願いがあるんだけど」

「嫌だ」

「内容を聞いてから判断しようよ!」

「どうせあれだろ? 宿題見せろとか掃除当番代われとかそんなんだろ?」

「俺は今までお前の一生に一度のお願いに二百五十六回付き合ってるんだからな」

「ふ、甘いよ、正確には二百五十七回なんだよ! ――って、彼方どこに行くの?!」

「家に帰って昼寝でもする」


 俺はすたこらと帰り始めたところを夏海に捕獲される。


「乙女の一生に一度のお願いを無視するの?!」

「だから、もうお前には一生に一度のお願いをする権利はないから」

「うわぁああん! 今度は本当に大事なのに~」


 夏海は瞳を潤ませて俺を見る。嘘泣きなのは分かっているがこいつのこの目には弱い。


「わーったよ。言うだけ言ってみろ」

「やた! ねえ彼方」


 途端に泣き止む。本当に現金なヤツだ。


「私と音楽をやろうよ」

「は? 音楽? バンド?」

「バンドじゃないよ! クラシックの方」

「バンドの方がカッコいいじゃん」

「そんなことないよ、クラシックだってカッコいいもん! それにすっごいキレイな音だったし。私がピアノやるから、彼方は違う楽器やってよ」

「お前、またそんな思いつきを。この間はサッカーやりたいとか言ってたくせに」

「今度はマジだもん、唯もきっとやってくれるよ!」

「唯は付き合いいいからな……」


「ん? あたしがどうかした?」


 いつの間にかサッカーボールを持った三浦唯が俺達の前に立っていた。


「あ、唯来たねー、さあ早速行こうよ!」

「うん、今なら公園のグラウンド空いてるよ」

「え? 何でグラウンド行くの?」

「へ? だって夏海ちゃんが今日はドライブシュートの練習するって」


 きょとんとした目で唯が俺と夏海を見つめる。


「唯、夏海のサッカー熱はもう冷めたらしい」

「そう! 今日からは音楽一筋の私なのさ!」

「えー?! せっかくサッカーボール買ってもらったのに」

「学校のサッカー部にでも寄付しよう」

「そんな~」

「ほらほら、唯も彼方も早く早く! あと一人のメンバーはもう決めてあるからさ」

「今から、その子の家に行くよ!」


 すでに夏海は俺達から十メートルくらい先をたったと走っていた。

 目標が見つかったら周囲なんて目に入らない。

 とにかく一直線に突っ走る。

 それが俺と唯の幼馴染、七瀬夏海だ。


「……どうする?」

「どうするって……彼方くんは?」

「俺は……まあまた付き合うことになると思う」

「じゃあ、あたしも行く」

「いいのか?」

「うん」

「ホント付き合いいいよな、お前」

「彼方くんほどじゃないけど」


 唯はそう言って、微笑んだ。

「行くか」

「うん!」


 俺と唯は並んで駆け出して、夏海の背中を追った。



 そして二十分後、俺達は『一ノ瀬』という表札がかかった家に到着したのだった。

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