第6話 かっての親友へ

「ウチたいていの楽器はかじってるから、まあ器用貧乏ってヤツ? せやけど、譜面あれば大概の曲は演れると思うし。唯が無理やったらウチが付き合うよ。訳ありみたいだし先輩を頼ってや」


 にこと瑠子先輩が笑う。

 思わずすがってしまいたくなるような優しい笑顔だった。


「それは――」「ありがとうございます。だけど、その気持ちだけで結構です」

 桜の言葉を遮るように俺は声を上げた。


「「二ノ宮?」」


 桜と三浦が同時に俺を見た。


「……理由聞いてもええか?」


 璃子先輩が真面目な表情になる。


「俺も桜も、もう三年前に音楽を捨ててます。いや、俺の場合は逃げたって言ったほうがいいかもしれない」


 少しだけ声が震えた。

 みっともないできれば永久に封印したかった過去バナだ。

 でも、

 たぶんそこから目を逸らしたままでは三浦にお願いする権利さえきっとないんだ。


「だけど、三浦だけは続けてきた。俺は本当に三浦はすごいと思う」

「に、二ノ宮……」

「そんな俺達でも、もしまた楽器を手にするなら、あの頃の音を取り戻すには、三浦の音じゃないとダメなんです。三浦じゃないと、俺達は――」

「わかった。もうええよ」


 瑠子先輩は俺のそばに来ると髪をくしゃっと撫でる。


「話しにくいこと聞いたみたいやね。堪忍や」

「いえ、その、勝手なこと言ってすみません」

「ええよええよ。自分みたいな子、ウチ好きや」


 俺は瑠子先輩に頭を下げた後、三浦の方を見る。


「今日は悪かったな」

「……べ、別に」

「行こう、桜」

「うん。ごめんね唯」

「あ……」


 俺と桜は三浦にも頭を下げた。そして、教室の出口へと歩いていく。


「ごめん一つだけ」


 桜はそう言うと足を止める。


「信じてもらえないと思うけど。私も二ノ宮と同じようにずっと考えてたから」

「桜……」

「ごめんなさい」


 桜はもう一度、三浦に頭を下げた。


「……」


 三浦は何も言わない。ずっと黙って目を伏せている。

 桜は頭を下げたままの姿勢でいた。

 まるで時間が停止してしまったかのように、凍ってしまったかのように動かない。

 ごめんなさい。

 さっきの桜の言葉の重みが俺にも伝わってきた。


「……」

「唯」


 瑠子先輩が沈黙を破る。


「はい」

「あんたらの音、ウチも聴きたいな」

「え?」

「きっとめっちゃええ音なんやろな。ウチのためにやってくれへん?」

「で、ですけど」

「怖いんか?」

「あたしが何が怖いんですか?」

「この子らともし上手くやれんかったら――って」

「そ、そんなことないですっ!」

「口では何とでも言えるもんなぁ」

「――わかりました。あたしやります」

「え?」


 時間が再び動き始めた。


 桜が顔をぱっとあげる。


「唯」

「三浦」


 俺と桜が三浦を見る。


「やったげるわよ。もう一度あんた達とカルテット組んであげるわ! 先輩がこんだけ言うから仕方なしにね! だけど、まだあんた達を許したわけじゃないんだからっ! しっかりとカンを取り戻しておきなさいよ!」

「大丈夫、家では毎日やってたから」と桜は胸を叩く。

「あ、そうなんだ。彼方、あんたは?」

「はははははは!」


 俺は目を逸らして高らかに笑う。


「笑ってごまかすなっ! 今日から、二人とも音楽室に来て部員といっしょに練習よ!」

「え~」「え~」


 俺と桜は二人そろって嫌そうな声をあげた。


「こんな時ばっかり何で息が合ってるのよ?! さっきの真面目っぽいのは何だったのよ?! そういうとこがムカつくのよっ!」

「あははは、ホンマ自分らおもろいな~」


 俺達はぎゃあぎゃあとふざけあった。


 三年前とまるで同じというわけではない。


 俺も桜も三浦も色々なものを失くして、捨てて、傷ついて、傷つけて、ここにいる。


 それでも俺達はまた組むことになったのだ。


 時間は確かに、動き始めた。


 これでいいんだよな? 夏海。


 俺は心の中でかっての親友にそう問いかけた。

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