第5話 もう一人の少女


「嫌 絶対嫌っ! 死んでも嫌っっ!!」


 桜からの話を聞いて開口一番、三浦唯は音楽室でそう言い放った。


「すがすがしいくらいの拒否反応だ」と俺はため息を吐く。

「予想はしてたけど」と桜は肩をすくめる。

「予想してたんなら最初から言わないでよ! ほら、もうすぐ他の部員来るから帰ってよ!」


 しっしとまるで野良猫でも追い払うようなジェスチャーをされる。

 三年前とはいえ、かってはカルテットを組んでたメンバーとは思えない扱いだ。

 まあ気持ちはわからなくもないが。


「だいたい二ノ宮は何なのよ! あたしが誘っても全然相手にしてくれなかったのに……どうして桜の言うことはきくのよ! まずそこが何よりムカつくわっ!」

「む、二ノ宮のせいなんだ」


 二人の女子に同時ににらまれた。

 理不尽だ。


「あ、えっと一回だけってことだったし」


 とりあえず弁解する俺。


「嘘。桜が頼んだからでしょ!」


 だが、三浦は俺を睨んだままだ。


「あと、ご飯もおごった」

 

 桜がさらに余計な情報を付け加える。


「はあ? あんたそんなんで買収されたの?!」


 三浦に「駄目だ、こいつ」という目で見られる。

 本当に理不尽だ。


「唯もご飯おごるから考えなおして。唯の好きなパスタの美味しいお店とか。ちなみにそこのお勧めは、シェフの気まぐれミートソース」


 桜も食い下がる。


「桜、何で、気まぐれなのにミートソースって決まってるんだ?」俺が疑問を口にする。

「肉の量が気まぐれなの」


 微妙な店だった。


「あーもう! とにかくあたしは絶対絶対絶っっ対っっっあんた達とはもう組まないからね!」


「唯、どうして?」

「教えない」


 三浦は長い黒髪をばさっとかきあげた後、ツンと顔を俺達から逸らした。


「しかたない。二ノ宮」


 ふぅと息をついた桜に俺はぽんと肩をたたかれた。


「はい?」

「唯を説得して」

「な、お前が言い出したんじゃん!」

「私とエロいことしたいのなら、頑張るしかない」

「お前まだそん――」「な?! ち、ちょっと待ちなさいよ! 今変なこと言わなかった?!」


 俺が言い返す前に、三浦の声が被り気味に音楽室に響いた。


「変なことなんて言ってないけど?」


 桜は首を傾げる。

 こういう時の桜はマジなのかボケているのか判別しずらい。


「言ったわよ! あ、あんたと二ノ宮が、エ、エロ、エロ……」


 直接言葉にするのが躊躇われるのか、三浦は頬を染めて口ごもる。


「エロいことするって言っただけ」

「あっさり言うな! ていうか、するな!」


 三浦絶叫。

 そして、俺を「最悪だ、こいつ」という目でにらむ。

 果てしなく理不尽だ。


「あ、あのさ三浦」

「何よ、スケベ」

「それ誤解だから、つーか桜が勝手に言ってるだけだ」

「ふーん、でも、あたしはやらないからね」

「お前の気持ちはわかるよ」

「だったら、あんたも断りなさいよ! 誘うなら三年前に誘いなさいよ! 何で、今さら――」「やってあげればええやん~、唯~」


 三浦の言葉を遮るように、扉の向こうから間延びした関西弁が聞こえた。


 ガラッ!


 扉を右足で開けて、両手に購買の袋を抱えた小柄な女子生徒が入ってきた。

 ちなみに足は必要以上に高くあがっていて、ピンク色の直視するのが躊躇われる布切れが見えたり見えなかったりする。


「あ、やっぱり知らん顔やね。こんにちは~」


 その女子は足をあげたまま、にこやかに挨拶をしてくれた。


「瑠子先輩、み、見えてますっ! 見えてますからっ!」


 真っ赤になった唯がわちゃわちゃと慌てだす。


「え? 何が」

「し、したっ、下着が! あ、足を早く下ろしてくださいっ!」

「へ? ありゃりゃ。これはこれは失礼を」


 特に慌てた風もなく瑠子先輩なる女子は足を下ろす。そして、机に購買の袋を机に置いた。中には大量のパンが入っていた。


「なあ、自分」


 瑠子先輩は俺の方を見た。


「は、はい」

「ウチのパンツ見た?」

「えっと……はい」


 恥ずかしかったが、正直に申告した。


「おお! 正直な子やな! うんうん自分ええやっちゃ!」


 爽やかな笑顔。なかなかさっぱりした性格のお人のようだ。


「そんな自分にはこのパンを二個あげよう! これが本当のパンツーということで!」

 

でもネタは完全にオヤジだった。


「さあ先輩ももう来たしもうすぐ部活始まるから、二ノ宮も桜も帰って」

「三浦、頼むもう一回考え直してくれないか?」

「何度考えても答えは決まってるの!」


 また髪をかきあげた後、そっぽを向く。あいかわらず三浦のガードは固い。

 これはもう無理なんじゃないのかとも思えてくる。


「二ノ宮、頑張れ!」


 そんな俺の心を見透かしたように桜が俺を必死に応援する。

 しゃーないな、わかったよ。


「そこを何とか!」


 手のひらを合わせて拝んでみる。


「い・や!」


 しかし三浦は俺と目をあわせようともしない。


「二ノ宮、食い下がれ」


 さらに桜の声が飛ぶ。

「お・ね・が・い!」

「し・つ・こ・い!」

「二ノ宮、怒れ」桜が新たな指令が。

「何だよ! ケチ!」

「何よ! 自分だって三年前断ったくせに!」

「二ノ宮、笑わせて」

「わがまま言うんじゃありませんっ!」

「あんた、あたしの母さんかっ?!」

「二ノ宮、エロい話して」

「え、えーと、あれは俺が中学の時に――って説得と関係ないだろっ?!」


 我に返って、桜をにらむ。


「ち、気づいたか」


 桜は心底がっかりしたような顔をしていた。


「お前なー」


 危なく恥をかくところだった。


「……な、何を聞かせるつもりだったのよ……」


 三浦が頬を染めながらも、呆れていた。


「あははは、自分らおもろいな~」

「他人事だからですよ」


 俺は深い深いため息をついた後、瑠子先輩を見た。


「そうでもあらへんよ?」

「え?」

「自分ら、チェロ弾ける人探してるんやろ? それやったらウチやってもええよ」

「え……」三浦が目を見開いた。

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