第2話 ラーメンと彼女の想い


「へい、らっしゃ――――っ!」


 長年の油汚れがきっちり染み付いた暖簾をくぐって中に入ると、鍋を振りながらガタイのいいおっちゃんの威勢のいい声が飛んできた。

 桜のとっておきは小汚い大衆中華食堂だった。


「二ノ宮、ここ空いてる」


 桜はちゃっちゃっと席を決めて、ドカッとカウンター席に陣取った。


「あ、うん」


 とりあえず桜の隣に腰掛ける。


「何でも食べて。おごる」


 そう言って、桜はカウンターの下からよれよれになった少年マガヅンを取り出してぱらぱらめくりだした。

 まだ夕飯前の時間帯なのに、店内はすでに満席に近い。

 客層の半分は首か頭にタオルを巻いたいかにも日雇い労働やってますなおっちゃん達で、残りは貧乏苦学生といった風体のお兄さん方だ。

 神棚っぽいトコに設置された前時代的な小さなテレビ。

 壁に張られた黄色く変色したグラビアアイドルのポスター。

 どう見ても制服姿の女の子が立ち寄るような店じゃなかった。


「むっ、今週号はエロスが足りない」


 でも、桜はリラックスしまくっていた。

 まるで、店員が来たら「いつもの」とか言い出しそうなくらい常連オーラを漂わせている。


「いらっしゃあせ、ご注文は?」

「いつもの」

「わかりやした!」


 本当に言っていた。


「そちらのお客さんは?」

「あー、えっと、ラーメンで」

「はい、喜んで――っ! 大将、中華飯特盛りうずらマシマシ紅しょうが抜きとラーメン一丁いただきました――っ!」


 見た目はヤンキーだか、実は人の良さそうな店員は満面の笑みを浮かべて厨房に俺達のオーダーを伝えた。


「もっと高いものでも良かったのに」

「悪いからいいよ」

「足りなかったら、追加オーダーしていいから。ここはチャーハンとかご飯系美味しい」

「どうして、そんなに気前がいいんだ?」

「それに見合うくらいのことをお願いするつもりだから」


 雑誌から目を離さないままこくんとお冷を飲んだ後、桜は言った。


「いったい、何を――」


 ゴトン


「お待たせしましたっ! こちら、中華飯特盛りうずらマシマシ紅しょうが抜きとラーメンになりまーす!」


 威勢の良すぎる店員の声に、俺の言葉はかき消された。


「うずら、二個多い」

「大将からのサービスです! あ、お連れさんのチャーシューも一枚増量してますから」

「ありがとう」

「どうも」

「いえいえ、どうぞごゆっくり!」


 店員は何故か親指をぐっと立ててから立ち去った。

 桜も親指を立てて、こくりとうなづく。

 よくわからないノリだ。


「食べよう二ノ宮」


 桜は雑誌をカウンターに置くと、レンゲを逆手に握りしめて中華飯の攻略に取りかかった。


「あ、うん」


 俺も仕方なく、ラーメンを食べ始める。

 店の見た目とは裏腹に、澄んだ上品なスープが予想以上に旨かった。


「――ふぅ」


 半分ほど中華飯をたいらげた桜は中継ぎのお冷を口に含み、息をついた。


「二ノ宮」

「んっ?」


 口に麺を含んだまま、桜を見る。


「もう一度、私と、」


 そこまで言って、一度桜は言葉を切った。

 そして、思い切ったように声を俺に投げた。


「二ノ宮、もう一度私とカルテットを組んで」

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