桜ミラージュ
瀬尾順
第1話 三年ぶりの声
俺達が四人から三人になって、一ノ
壊れたラジオは受信もしなければ、発信もしない。
ただそこにちょこんとあるだけだ。
教室の隅で授業中も昼休みもヘッドホンで聴覚を遮断し、目を閉じている桜。
俺は必死になってチューニングした。
したつもりだった。
それでも、桜ラジオは頑なに口を閉ざし、俺にノイズさえも聞かせてはくれなかった。
たくさんいた桜の友人も一人去り、二人去り、今ではたまに俺が挨拶するくらいだ。
「おはよう」
シャカ、シャカ、シャカ
「昨日、久しぶりに三浦と話したんだけど、」
シャカ、シャカ、シャカ
放課後、俺は教室で桜の席に行き話しかける。
ポータブル音楽プレイヤーのノイズだけがいつも応えてくれる。
正直、ツラい。
ていうか、泣きそうだ。
それでも、やめるわけにはいかない。
俺からの一方的な挨拶だけが、いまや俺と桜の唯一のコミュニケーションだから。
……一方的だから、コミュニケーションじゃない気もするけど。
そんな状況も長く続けば嫌でも日常になる。
俺達は二回のクラス替えと一回の進学という儀式をくぐりぬけて、めでたくまた同じクラスになった。
そして、奇跡は春とともに唐突に訪れる。
*
「じゃ、また明日な」
もはや半分ルーチンワーク化した桜への挨拶を済ませ、俺は教室の出口へと急ぐ。
「二ノ宮」
「さて、今日はバイト休みだから――」
「二ノ宮」
「適当に本屋でも寄って、」
「二ノ宮彼方、エロ本の物色は私の用事が済んでからにして」
思考が停止した。
俺はギギギと錆びたロボットが無理やり首を回すような音を出しつつ、声の主の方を振り返る。
「……」
右耳だけヘッドホンをはずした桜が、席についたまま俺を見上げていた。
(……俺?)
無言で自分を指差す。
コクコク
うなづく桜。
「……三年ぶりに口きくのに、すっげー普通に話すな、お前」
俺は周り右して桜の席へと足を向けた。
「ん? そんなになる?」
「なる」
「三年間用事がなかったってことだね」
「……気持ちいいくらいの自己チューぶりに感動しました」
「まあ、私への賞賛の言葉は後で聞くとして」
「いや全然褒めてないから」
「今からつき合って」
「どこに?」
「私のいきつけの店。超とっておき」
「何しに?」
「……悪い話じゃない。エロス分もあり。二ノ宮ラッキー」
二ノ宮ラッキーと言いながら、ピースする桜さん。
「………………」
半眼で三年ぶりに口を利いたクラスメイトを見つめてしまう俺。
「……二ノ宮、今『嘘だ、絶対何かやっかいなこと言い出す気だぜこの女、だけど超可愛い好き』って顔してる」
「その他人の心をズバズバ言い当てる癖は直したほうがいいと思う。あと、超可愛いは思ってないから」
「いいから、黙って私についてくるのだ」
席を立った桜はそんな時代遅れな関白宣言をすると、俺の返事も聞かずにスタスタと教室を出て行った。
「……わかったよ」
俺はうなだれつつ白旗を揚げ、桜の後を追った。
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