第3話 しあわせまんまる(手作りピザ)
ピザ
「だりーぃ遊びいきてぇ」
ミンミンとセミの合唱がひびき、チリリンと風鈴の音が鳴り響いている。
今は夏真っ盛り。世間一般からすればあと数日で大型連休に入る踏ん張り時の時期だ。
こんな時期は兄さんはいつも扇風機の前で腹を出して寝てるか、出歩いているしか無かった。
しかし今日は違う。
昨日再びこっぴどく母さんに叱られた兄さん。
今日という今日は許されないみたいだ。
今日1日で終わるとは思えない膨大な量の書類。
その書類の山を前に文句を言ってる兄さん。
なんだかんだ言いつつ手元は動いている。
やはり頭は良いのでは無いか?
兄さんの手元をちらりと盗み見すると目も痛くなるような細かい意味のわからない数字と文字列が並んでいる。文字列は英語でさえない。少し見ただけでもわかる。あれは頭が相当良くないと読みとけすらしない。やはり兄さん頭いいんじゃないか?
「ねぇー疲れたぁーにぃちゃん疲れちゃったぁ」
ペンを放り出し、本格的に突っ伏してしまった兄さん。あぁ始まった。こうなったらテコでさえ動かないんだから。いっそ休憩を挟んだ方が効率が良いだろう。
僕は手元にあった書類を置き、台所へ向かった。
「なぁにしてるのぉ?サボり?わっるい子ぉwwにぃちゃんも混ぜてぇ」
いや…兄さんが突っ伏したからやってるのだが…
まぁいい。なに言ったって今から書類に向き合う気は無いんだろうから。
「ちょっとね休憩しようと思って。兄さんも一緒にやる?」
そう言えば「やるやる〜」と即答で返事が返ってきた。
手を洗い、エプロンをつける。
「で?何作るの?」
小麦粉をボウルに出していたら聞かれたので答える。
「ん?あぁ『しあわせまんまる』だよ」
そう言うと兄さんは、にやりと目尻をさげ、笑った。
あぁその顔。大好きだ。
「『しあわせまんまる』かぁ。懐かしいねぇ」
そう。この『しあわせまんまる』とは兄さんが創った名前。ほんとの正式名称は他にある。
だが僕にとってこの料理は『しあわせまんまる』それ以外の名は無い。
小麦粉・塩・水・油を混ぜこねる。ずっとこねてるとだんだんまとまってきて耳たぶの硬さになる。
そしたら丸めて伸ばして好きな具をのせ、焼けば完成。まぁつまり『しあわせまんまる』とは手作りピザの事だ。
あの頃、父さんと母さんが居なくても兄さんの『勇気100倍!うんまぁごはん』のおかげかあまり泣かなくなったがため息がよく出るようになった。
ため息ばかりつく僕に兄さんはため息つくなとは言わなかった。代わりにため息がつく暇も無くなるような気分転換にもなってしあわせにもなれるピザ作りを教えてくれた。
兄さんが作った生地の上にウィンナーとチーズをたっぷりのせて焼いて…
兄さんは僕の希望を聞き、マヨネーズとコーンをのせて焼いて…
できた生地を2等分しひとつを兄さんに渡した。
冷蔵庫には昨日の残りの鳥の照り焼きが残ってる。
僕はそれを1口大に切り、乗せチーズをかけた。
兄さんの手元を見ると、コーン缶にマヨネーズを混ぜお子様人気No.1のマヨコーンを作っていた。初めて『しあわせまんまる』を作った時も兄さんはマヨコーンを作ってくれた。当時の僕が兄さんに頼んで作ってもらったマヨコーンピザ。
美味しい美味しいと言いすぎたせいだろうか。
『しあわせまんまる』を作る度に兄さんはマヨコーンを作ってくれる。
もういいのに。僕ももう子供ではない。
マルゲリータやペスカトーレ、サルモーネなんて言うピザだって知ってる。
けど僕は言わない。
兄さんが僕のために作ってくれるマヨコーンが大好きだから。
オーブンの余熱が終わり、兄さんの作ったものと僕の作ったものを入れる。
焼いてる間に兄さんにはテーブルセッティングを頼み、僕は洗い物。
洗い物も終わり、テーブルセッティングを終えた兄さんが再び台所へやってきた。
いい匂いが台所中に漂う。
チンッ…。
ちょうどいいタイミングだ。
焼きあがり、熱々のうちに取りだし、皿へ盛り付ける。
こういうのは出来たて食べた方が美味いからな。
両手に皿を持ち、ダイニングへ向かう。
ピザカッターで8等分に切れば兄さんは僕の作った照り焼きの方から食べてくれた。
美味い美味いと言いながら食べてくれる兄さん。
凄く嬉しい。
僕も兄さんの作ったマヨコーンを手に取る。
あの頃から何一つ変わらないこの味。少し砂糖を混ぜてあるのが兄さん流だ。僕が美味しく食べれるように少し甘いマヨコーン。
もう砂糖なしでも食べれるが僕はこの味がいい。
兄さんが僕を気遣って作ってくれたこの味。
2人で会話もなく黙々と食べてく。
けど不思議としあわせになってくる。
これが兄さんのパワーなんだろう。
『しあわせまんまる』のパワーなんだろう。
1枚を食べ終わると眠気がやってきてしまった。
どうしよう…まだ残ってる。ラップして冷蔵庫に保存しないと悪くなってしまう。
兄さんと作った『しあわせまんまる』悪くして捨てることだけは絶対避けたい。
けど眠気に勝てない…。
眠い…。
日も暮れてきて気温も心地よくなった今、お腹いっぱいになればそりゃ眠くなるのも当然だろう。
あぁやっちゃった…。
今日こそは兄さんを机に向かわせなければならなかったのに…。
うつらうつらしながら何とか耐えようとしてたら兄さんはあの笑顔で笑った。
「ん〜?眠い?そっかそっか。いいよ寝ちまいな。片付けはにいちゃんやっとくから。」
いや…兄さんは書類を…片付けは僕やるから…
「いいっていいって任せとけ!にいちゃんだって出来るんだからなぁ」
その言葉を聞いて僕は夢の世界へ旅立った。
起きると辺りはもう暗くなっていた。
やばっ…!!今何時だ?
ガバッと起きるとニシシと笑う兄さんと目が合った。
「おぉ!おはよぉ。起きたぁ?よく寝てたねぇ。今19時だよぉ」
僕が眠ってから3時間が経っていた。
兄さんの机の上からは書類の山が消えていた。
僕の眠っていたあの瞬間で終わったってことはやっぱサボってたんじゃないか…。
はぁ…とため息をつくがニシシと笑う兄さんにはかなわない。
「お腹すかない?さっき作ったの冷蔵庫にあるから食べよーぜ!温めてくるな!」
そう言って温め直した『しあわせまんまる』を兄さんが運んできた。
温かい食事は人を笑顔にする。
兄さんの笑顔は俺の力になる。
兄さんにはずっと笑顔でいて欲しい。
僕は兄さんが温めてくれたマヨコーンにかぶりつきながらそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます