第2話 ゆうき100倍うんまぁごはん(オムライス)



しとしと降る雨が夏のおとづれを告げようとしている。

ここ最近降り続いた雨はやっと終わりを見せ、来週にも梅雨明けするだろう。

『好きな人に作ってあげたい♡オムライス』

そんな甘ったるいナレーションで始まった料理番組。

土曜の昼なんてろくに面白いテレビがやっているはずがない。

ニュースか競馬、料理番組の選ぶに選べない選択を迫られ、僕は仕方なしに料理番組を見ている。

アイドルとおもしき女の子とメガネのアナウンサーがオムライスを作っている。

「オムライスかぁ…懐かしい」

今日は土曜日、いつもながら僕は留守番をしていた。兄さんは土日だろうが平日だろうがブラブラ出歩いている。今日も目覚めた時、兄さんの靴が無かったからどこかへ遊びに出かけているのだろう。

母さんと父さんは夫婦揃って会社を立ち上げ、今では有数の大手企業の仲間入りを果たしている。そのため、土日だって関係なく仕事へ向かう。

母さんと父さんがいないなんて今では慣れたもの。雨の日だろうが風の日だろうが留守番はできる。


けど昔は違かった。

晴れてる日は外で遊んでいれば日が暮れる。

時の流れなんて気にする必要が無かった。

日が暮れれば家へ向かう途中の兄さんが公園へ迎えに来てくれたし。

けど雨の日は違う。

家で過ごさなくてはならないからだ。

幼い子にとって土曜のニュースしかないテレビは無いに等しく僕はずっと暇を持て余していた。

「なんでママとパパはいなくなっちゃうの…ぼくさみしいよぉ」

ふわふわ手触りのうさぎのぬいぐるみを抱き、いつもいつも泣いていた。

僕が泣くと兄さんはどこからともなく帰ってきてくれた。

「お前泣いてんの〜?大丈夫だってー!兄ちゃん帰ってやったんだぞー?ほら涙拭いて!腹減ってるだろ?待ってろ今兄ちゃんが元気出るもの作ってやるからな!」

僕をひとしきり撫でた後、兄さんはエプロンをかけた。僕はその瞬間いつも泣き止んだんだ。

だって兄さんが魔法使いに見えたから。ほらよく言うでしょ?ビビデバビデブーの魔法でただの少女はシンデレラになったと。僕には兄さんが魔法使いでありシンデレラに見えたんだ。

「さぁーてと何があるかねぇ」

兄さんは感覚で料理をする。真似したくても出来ない。

兄さんは、卵、マヨネーズ、ミックスベジタブル、ベビーチーズ・ウィンナーを取りだし炊飯器に米が残ってるのを確認し、

「よしっ!いっちょやりますかぁ!」

もうここで僕には予想がついてた。兄さんが何を作るのか。だって兄さんはバカ。料理だって馬鹿の一つ覚えで同じものを繰り返し作るんだ。

何十回と食べたその味。正直もう飽き飽きしていた。けど兄さんが僕のために作ってくれるごはん。

それは何よりも変え難い嬉しくて嬉しくてたまらないもの。から僕はいつも黙ってその様子を眺めていた。

油を引き温まったフライパンに冷やご飯・ケチャップを入れ炒める。ジューッといい音がしてくる。

ある程度ケチャップとご飯が混ざったら刻んだウィンナー・ミックスベジタブルを入れさらに炒める。

「魔法入れとくからなー」

そう言って兄さんはいつも僕の好きなベビーチーズを刻んで入れてくれた。

母さんの作るオムライスやお店で食べるオムライスには絶対入ってないベビーチーズ。

兄さんオリジナルの具材。

僕はこれが大好きだ。

全体的に炒まったら僕の番。ケチャップライスをラップの上によそって貰い、オムライスの形に整える。これが僕の仕事だった。

その間に兄さんは卵をとき薄焼き卵を作る。

オムライスはとろとろ卵と薄焼き卵の2種がある。

けど僕にとってのオムライスはこの薄焼き卵の方なんだ。

僕が整えたケチャップライスの上に兄さんが薄焼き卵をのせる。

「できたぞ!名付けて『食べて勇気100倍!うんまぁごはん』」

「ゆうき100ばい?えっ?ア〇〇〇〇ン?にいちゃん○○○おじさんなの?」

「なははっ。そーだぞ。俺はお前専用の〇〇〇おじさんだ!これ食べれば勇気もりもり、涙だって引っ込むぞ」

いくら幼い僕だってそれが嘘だとわかっていた。

あれはアニメ。実在なんてしないと。

けど兄さんが言うならそうなんだ。兄さんの言うことは絶対だもん。

だから僕はそれをすんなり受け入れた。

兄さんはケチャップをつかい、黄色いオムライスに某ヒーローを描いてくれた。

僕もお返しに描こうとしたけど難しくぐちゃぐちゃなケチャップの道ができただけだった。

また泣きそうになる僕。

すると兄さんは「いいっていいって!にいちゃんのためにやってくれたんだろぉ?それだけでうれしいよ。それにこんなにいっぱいケチャップあれば美味しく食べれるしなぁ」

そう言って頭を撫でてくれた。

僕の前には大好きなヒーローが描かれた大好きな兄さんが作ってくれた大好きなオムライス。

夢中で食べた。

美味しい美味しいすごく美味しい。

隣に座る兄さんの笑顔も調味料となり、いつもの数倍美味しく感じたんだ。

兄さんのネーミングセンスには1歩も引かれなかったが、不思議と食べ進めているうちに勇気が湧いてくる。そんな気がした。



そんなことあったなぁ懐かしいなぁ

テレビをBGMにし、思い出の世界へ浸っていたら随分と時が経っていたらしい。料理番組はとうに終わりを告げ、再放送の恋愛ドラマが始まっていた。

「昼飯できたぞー」

兄さんの呼ぶ声がする。

あの時から何回季節が巡ったのだろう。

兄さんは雨が降った土曜の昼は必ず勇気100倍!うんまぁごはんを作ってくれる。もうその名でこの料理を呼ぶことは兄さんはしない。けど僕はずっと覚えている。兄さんが僕を勇気づけようと考えてくれたその名を。もちろんケチャップでの描きっこも健在。まぁ今ではヒーローの絵ではなく、数学の問題とか書かれるのだけど。

こんな問題をパッと書けるあたり兄さんは頭が良いのではないかと睨んでいる。

まぁそこは今度追求するとして今はオムライスを食べよう。

ベビーチーズの入ったあの時の味。

変わらないこの味。

願わくばずっとこの幸せが続きますように。

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