第九回:佐島紡『世界の中心で鳴く僕』(2)



―――― 二次創作の動機 ――――


▼ 作者に聞け  ざっくりした紹介ですが、二作が基本的な世界観や設定を共有していることは、おわかりいただけるかと思います。


 そこで、最初にお話したことに戻り、具体的に『居た僕』のどういうところに刺激されて、二次創作を始めようとされたのか、詳しいことをお聞かせいただけますか?


● 佐島紡  わかりました。そもそも一人称小説って、語り手の意思などが前面に出されているため、嘘や間違った認識が入りこんでいても、読者は判断できない。つまり、いわゆる「信頼できない語り手」であるかもしれない。


 なんさんの作品は、そういう叙述トリック的な効果を「あらすじ」と文面の齟齬で作り出す、趣向に富んだものなんですよね。まず、そのトリックというか、オチのつけ方が目からウロコで。


 面白いことに、この「あらすじ」もまた一人称でつづられているんです。つまり、物語の真実となる種明かしもまた、「信頼できない語り手」である可能性があるのですよ。


 なんさんの明かす回答の前に、もう一つぐらい無理なく考えられる偽物のワナを仕掛けておけば、さらに読者を振りまわせて面白そうだな――そこまで考えたら、もう電撃が落ちたみたいに、ババっとネタが浮かんできて、やるしかないとなったことがはじまりです。


▼ 作  なんさんの作品、特にその「齟齬」の作り方にまず驚き、そこに興味をもたれたわけですが、その仕掛けをさらに別の方向に展開できるのではないかと閃いたわけですね。


● 佐  はい。


▼ 作  この話になるとどうしても、なんさんが『居た僕』で用意した「齟齬」に触れざるをえません。ある意味、ウェブ小説という場を最大限に利用した情報の提示法なのですよね。


 具体的に言えば、小説本文は「僕」こと荷川取敬の日記であり、敬の一人称視点から語られているのに対し、小説掲載サイトの「あらすじ」欄では、この一人称視点にとって絶対アクセスできない情報が示されている。


 つまり、荷川取敬の生きている世界がゲームの中の世界であり、プレイヤー(「オレ」≠敬)の操作するゲームの内容だったことが明かされる。


 そのため、小説本文しか読まない読者がいた場合(ウェブ小説の仕様上、そういうことは十分起こりうるわけですが)、読者は、荷川取敬の世界しか見ないことになります。逆に、「あらすじ」を先に読んだ読者は、これとまったく違う受け取り方をすることになる。


● 佐  ですね。あらすじと本文を完全に分離させているという思い切りの良さに、もう痺れました(たいてい匂わせるぐらいはしてしまうので)。実は、僕自身、グループ内で紹介されたリンクから『居た僕』のページに飛んでおり、最初はまんまとこの罠にハマったんですよね。


▼ 作  私もそうでした。普通、書き手というものは、読み手がテクストを読んだときの印象をできるだけコントロールしようとするものですが、なんさんはそこを潔くというか、あっけなく偶然にゆだねているところがある。そこまであえて意識的にやっていると、ご本人も説明されていたように思います。


● 佐  はい。本文を読んで「これ、叙述トリックでは?」と思いこんだところで、「あらすじ」の種明かしを読んだわけですが、自分の予想した読みがはずれ、まったく別方向からの解答に驚きました。


 と同時に、なんさんの「正解」が示された今でも、私が最初に想定したような読みができるはずだと思っています。そういう読み方も間違いではないということを示したくて、執筆をはじめました。



―――― 〈現実〉と〈仮想〉の関係 ――――


▼ 作  『居た僕』を読まれたときに、叙述トリックだと疑われたんですね。


● 佐  ですね。なんさんの意図していたところではないのでしょうが、荷川取くんの日記がいかにもそれっぽく思えて、もう最初からフィルターがかかってました。


▼ 作  たしかにその意味では、いくつかのレベルでミスリーディングな要素が散りばめられていますね。それに対し、佐島さんの作品では、『居た僕』の「あらすじ」の語り手であるゲーマー(「オレ」)は、早瀬はやせしょうという登場人物となり、テクストの外部でなく内部に現われています。


● 佐  実は、早瀬渉という名前も、原作へのリスペクトなんです。おそらく主人公の荷川取敬くんって、『叙述トリック短編集』などを書かれている似鳥にたどりけい先生のお名前からとられているんだと思います。もしかしたら違うかもしれませんが!


 じゃあ僕も、と乗っかった結果、早瀬渉という名前が生まれました。この後の展開を考えて、『未必のマクベス』で有名な早瀬はやせこう先生からお名前を頂戴しました。


▼ 作  さりげなく手のこんだ仕掛けがあるのですね。


 最新の第二話までの内容を図式化すると、


  〈 (2)早瀬渉の世界 《 (1)荷川取敬の世界 》 〉


とでも表現できそうな世界の関係になっています。


 (2)の世界を生きている早瀬渉(たち)は、(1)の世界のことを(すくなくとも部分的に)知ることができるのに対し、(2)の世界を生きている敬は、(2)の世界のことを知ることができない、そういう非対称な関係ですね。


 〈現実世界〉と〈仮想世界〉とも言いかえられそうな、この二つの世界の関係がどう描かれていくのかが気になるところです。


 さて、このあたりで、今日参加しているメンバーからも質問を募りたいと思います。


▼ なん  原作者ですが、一つよろしいですか?


▼ 作  ぜひお願いします!


● 佐  ひええ! 緊張する!


▼ なん  どういう形で〈現実〉と〈仮想〉を混ぜ合わせたいというイメージはありますか?


● 佐  難しいですね。僕がなんさんの作品を最初に読んで生まれた「どんでん返しのどんでん返し」という読書体験を、読者のみなさんにも感じてほしいんですよね。


 だから、いま安心して見れている物事は、安心して見れないものかもしれない。そんな形で多分混ざるよ、っていうぐらいで!


 けっこうネタバレしちゃいましたが、作者ご本人から質問が出てしまったのだから、しかたがない! その上で読者に驚いてもらえるよう、がんばります!


▼ なん  なるほど。作品の続きを楽しみに待っています。



(3)に続く

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