第一回:冬乃こたつ『私と世界のトラジェディア』(2)
―――― キャラクター ――――
▼ 作者に聞け すこし話が広がりすぎたかもしれません。ただ、『トラジェディア』の魅力の一つは、今の私たちがもっている価値観に、異世界というフィルターを通して負荷をかけてみるという試みなんだろうと、勝手に推測しています。そして、おそらくその価値観は、作者自身の価値観と大きく関係している。
第一部「怪異の世界」に話を戻しますと、主に次の四人の人物が登場します。
四人は、いや、少なくとも最後の夏澄を除く三人は、いわゆる普通の高校生という描かれ方をしていますね。カラオケに興じる友人同士の会話など、気の置けない感じがよく出ていると思います。それぞれの性格も、すごく気をつけて描き分けておられますね。
そこでもう一つの質問なんですが、この登場人物のなかでは、誰に一番ご自分を重ねていますか?
● 冬乃こたつ もちろん、主人公の勝利です。
▼ 作 勝利だけですか?
● 冬乃 夏澄の不愛想というか、気の遣い方が下手なところなどは自分の振る舞いを参考にしていますが、重ねているのは勝利ですね。完全に一致してるわけではありませんが。
▼ 作 もちろん、完全には一致しないのでしょう。ただ、エピソード「救えた命――2」の最後に、重要な一節があります。
最初は三人の肝試しを止めようとしていた夏澄が、考えを変える様子が描かれ、
「教室の引き戸に手をかける瞬間まで逡巡してようやく決心のついた、全てのトラジェディアの始まり。彼女に魂に刻む、罪でもあった」
という、とても印象的な一文で締められているんですよね。
夏澄には、非常に大きな役割が与えられているように感じたのですが?
● 冬乃 たしかに、ものすごく重要な役割が割り当てられています。四人が酷い目に合うきっかけを作ったのは、だいたい夏澄(これは勝利にも言えますが)のせいですし、第二部と第五部を除いた各章にも直接関係してきます。
▼ 作 やはり、第一部だけでなく、物語全体の牽引役のようなところがあるのですね。
● 冬乃 火蓋を切る役割です。
―――― エアコンと夏澄と集落と ――――
▼ 作 なるほど。第二部以降の物語とどうつながっていくのかは、読者の楽しみにとっておくことにしましょう。
さて、今日は「小説家のつどい」の仮想インタビューということで、メンバーのみなさんもたくさん参加しておられます。冬乃さんの小説を読んで、印象に残るシーンや創作上の疑問点など、いろいろ質問もあると思います。いかがでしょう?
▼ 作 二つのエピソードで、壊れたエアコンが出てきます(「きっかけ」では教室のエアコン、「夜の訪れ」では薫の親戚の家のエアコン)。ここには、何か深い理由がありますか?
● 冬乃 深いかどうかはわかりませんが、関係がないことはないです。どれも一応、集落や夏澄と関連した出来事の一つです。
▼ 作 冬乃さんの描写には、なんというか、肌にまとわりつくような質感みたいなものがありますね。
壊れたクーラーのせいで暑苦しく息苦しいという描写は、その意味で、作品のイメージを演出するのに一役買っているように思います。
● 冬乃 暑くて呆けたりできるのは平時の時だけですからね。今後ずっとしばらくシリアスな展開が続くので、緩急をつけるためにも暑がってもらいました。あとはホラー展開による寒さとのギャップ狙いですね。
―――― ニーソかハイソか ――――
▼ 作 ヒロインたちの靴下は、ニーソ派ですかハイソ派ですか?!! 女の子の靴下の長さ、色、よれ具合は、世界観を形成する大変重要な要素だと思うのですが。
● 冬乃 ニーソとハイソの違いがよくわからないんですが、少なくとも薫は生足で、夏澄があの黒いものを履いています。作中は夏なので、履いていませんが。
▼ 作 作中人物の靴下は、あまりに大きな問題なので、今後のさらなる検討にゆだねることにしましょうか(笑)。
● 冬乃 いやそんな真剣に(笑)。
―――― 他の作品からの影響 ――――
▼ 作 先に名前の出たトールキンは『指輪物語』の著者ですね。そのトールキンの真似と言う事は、リスペクトしているということですか?
● 冬乃 リスペクトというほど『指輪物語』の要素はありませんが、もともとこういう壮大な物語を書きたいという憧れがあったので、少なからず参考にした部分はあります。
▼ 作 ほかにも参考にされている作品があるのですよね?
● 冬乃 影響を受けた作品は結構あります。
▼ 作 宮部みゆきさんの『ブレイブ・ストーリー』も挙げておられました。
● 冬乃 『ブレイブ』に関しては、内容そのものというより、上巻のほとんどを幻界に行く前、つまり日本時代の物語に割いていたので、そのスタイルを借りています。あとは『ブレイブ』というより、宮部先生の文章の書き方を参考にしています。
▼ 作 文章の書き方は、他のみなさんも気になる話だと思うのですが、先行する作品とのかかわりには難しい問題もありますね。お見受けしたところ、冬乃さんは「影響されやすい」人なのではないかと思っているのですが(笑)。いかがでしょう?
● 冬乃 影響されやすいですね。最新話の「長良夏澄――1」を書いている時は、司馬遼太郎先生の『燃えよ剣』を読んでいて、ものすごく影響されて書き方がぶれましたもん(笑)。「ただ、掻き暗す心はたれとて同じことに違いはない」という一節などは、わかりやすいですね。
▼ 作 よくいろいろな取材もされていますね。舞台になるところの現地調査とか。
● 冬乃 勝利の現住所は羽生市で、高校が埼玉県に実在する学校という設定なので、実際に行って写真を撮ってきました。
▼ 作 実際の場所や状況を見ることで、執筆しやすくなりますか?
● 冬乃 作者としては助かりますし、読者にも伝わりやすくなるかなと。去年、屋久島で三日間の山籠もりをしたときは、数十キロの荷物を背負って歩く辛さがわかったり、乗馬体験をして乗り方を知れたり。
▼ 作 実体験というか、ご自分で見て、感じたことを大切にする執筆姿勢、見習いたいです。
―――― 作品のアイディア ――――
▼ 作 作品のアイディアをどんな風に出しているか、教えて頂けますか?
● 冬乃 うーん……まず心構えとして大事なのは、特別な展開をやろうとしすぎないことですかね。
まあ目的に合わせて、ですけどね。私は制作の目的が、「おもしろい小説」よりも「良い小説」を書くことなので、おもしろさには拘っていないのでとても気楽に書いています。
▼ 作 純文学な側面があるのですね。僕からの質問は以上になります、ありがとうございました。
● 冬乃 ありがとうございました。
(3)に続く
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