第3話 先輩がワカラナイ。

会社の飲み会。宴会場の外。

人目につかない場所で、先輩に迫る井田チーフ。

止めに入るべきか悩む僕に気づいた先輩が出した合図は……


……「止めるな」ってこと……………?


先輩は井田チーフに触られても嫌じゃない…?

先輩も井田チーフに好意を持っている…?

……ダメだ。混乱で酔いが回り、次にとるべき行動が浮かばない。


声もあげれず立ち尽くすしか脳がない僕の背後から、ガヤガヤとした話し声が近づいてきた。


「結構呑んでますねー、部長。この後、いつもの店に寄って行きますか?」


「ユミちゃんにも久しぶりに会いに行かないと、忘れられちゃいかんからなぁ。………て、ん?どうしたんだ、君?」


「あれ?神林君、そんなとこで何してんの?」


声の主であるオジサン二人組…部長と課長は「いや、あの、、」ともごもごする僕を横目にそのまま歩いて行き、すぐに別の人物に気付くことになる。


「あれ?井田君たちもどうしたの?」


声を掛けられる寸前で、井田チーフは瞬時に先輩から手を放し、何事も無かったかのように部長達に爽やか面を向ける。


「いやぁ、酒井さんが酔っているようだったので、心配になって。大丈夫?酒井さん。」


………?!!

なんて奴だ。たった今の今まで、先輩を口説いていたじゃないか!!!


こいつ、まじでシンジラレナイ。


でも、もっと信じられないのは、さっきまで笑顔で井田チーフの相手をしていた先輩が、急に困ったような、不安なような…悪い男に絡まれてどうすれば良いのかわからない純真無垢な少女の表情に切り替わっていたことだ。

それは、その場だけを目撃した部長達の目には『上司にセクハラを受ける部下』に映るのに充分だったはずだ。

不思議な、戸惑ったような表情を浮かべる役付二人組の気を逸らすかのように、井田チーフは「さ、戻って飲みましょうよ〜」とオジサン達の背中を押して宴会場へと戻って行った。


残されたのは、混乱でフリーズする恋愛ど素人君と、百戦錬磨のこの女性のみ。


沈黙を破るかのように、「ふはっ…!」と先輩が笑い出した。


「すごい現場だったねー。」


何も動じていない様子の先輩に少し苛立ち、僕は思い切って切り出すことにした。


「………あの、先輩は井田チーフに迫られて嫌じゃなかったんですか?」


「え?喜んでるように見えた?私だって、相手する男はちゃんと選ぶよ?」


「だって……僕が声を掛けようとしたのを止めたじゃないですか……。何で………」


「じゃあさ、カンちゃんはあそこで止めに入った後、どうなるストーリーを想像してた?」


「どうなるって…僕はただ、先輩を守ろうと……」


「私が想像したストーリーはね、あそこでカンちゃんが止めに入ったとする。そしたら井田チーフ、ますますカンちゃんのことを気に食わなくなるだろうね。良からぬ恨みを買って、井田チーフからの当たりがますます強くなって、そこに待ってる結末は?カンちゃんは今以上の圧に耐えれると思う?」


「それは……………」


「私のことがきっかけになってそんなシナリオが待ってるなんて、迷惑だわ。カンちゃんは、カンちゃんを守ることだけ考えてたらいいの。守ってもらわないといけないほど、脆い女じゃないよ、私。」


今までにない厳しい口調でそう告げたあと、ふふっといつもの柔らかい表情にすぐさま変わり、


「戻ろっか。」


そう言って先輩は、僕の横を通り過ぎて行ったのだった。

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