第52話 覚醒

「この手が届くかぎり、俺の大事なもんは誰にも奪わせやしねえ!」 


 千里は覚者として仏門を開いた瞬間から、力の使い方を悟っていた。


 今まさに呼び出している化身『不動明王』は背負った炎を操って「悪しきモノ」を滅却する力と、右手に握った剣で戦う能力を有する。その動きは千里と連動するか、あるいは千里の意思によって制御される。


「かかってこいよ。あんたらに恨みはないが、今度こそ冥土に送ってやる」


 先ほどは炎で八体ほどの分体を焼却したが、まだいくつかの分体と、頭のある本体が残っている。


「――……」


 大百足たちは、最優先排除対象として、ようやく千里を選んだらしい。残った五本の百足が一斉に襲いかかってくる。


「――」


 千里はそれらを巧みに避けながら刀を振るう。すると、連動して不動明王の剣が百足たちを一刀両断していく。まず二つ仕留める。残り三本。上、下、正面からの同時攻撃が迫りくる。


 千里は正面へダッシュして、これを斬り捨てる。背後から二本の追撃が二手に分かれて挟み撃ちを仕掛けるも、これを後方宙返りでかわすと、一気に残った二本をぶった斬る。


「みんな、無事か!?」


 大百足の沈黙を確認すると、大急ぎで懐から巻物を取り出す。


「薬師如来、薬師如来……これだ! オンコロコロ、センダリマトウギ、ソワカ!」


 背後霊のように控えていた不動明王が消えて、今度は薬師如来が現れる。


「この付近にいる四人の怪我を癒してくれ」


 薬師如来に向かって千里が手を合わせると、薬師如来がうすぼんやりと青磁色に輝く。怪我を負った四人も青磁色に輝いて、傷口が塞がっていく。


「これは、破魔と同じ力……」


 百が呟くと、


「破魔と同じ化身を呼び出したからな。怪我が治り次第、さっさと下山しちまおう」 


 千里が答える。


「すっげー! てめえ、とうとう覚者になっちまったのかよ!?」


 驚きと喜びの入り交じった鬼一の声。 


「うむ。お手柄だな、千里」

「そのことなんだけど……」 


 と涙ぐむ千里。


「俺、仏さんに喧嘩売った上に、命だってくれてやるから力を貸せって言っちまって……俺、もうすぐ死ぬかもしれねえ……」   

 

 とうとう本格的に泣き出す千里。

が、


「きゃはははは! キミ、やっぱり可愛いね!」


 腹を抱えて笑う花魁。


「がっはっはっは! ほんと、てめえは飽きさせねえよな!」 


 鬼一もここぞとばかりに笑い転げる。


「え……?」


 千里が呆然としていると、十戒が優しく肩に手を置いて、


「たわけ、仏が仏門を開いた者に見返りを求めるはずがなかろう。お主が売った喧嘩も、切った啖呵も含めて、仏はお主に力を貸すことを決めたのだ」

「俺、死なないですむの?」

「だから、そう言っておる」

「なんだよ、驚かせやがって……」


 心底ほっとしてため息をついていると、


「ぎゃはは、ぎゃは! てめえが勝手にビビってただけだろ!」


 と鬼一が頭をばしんとはたく。


「千里、助けてくれありがとう。みんな、千里のおかげで助かった。わたしも本当に死ぬかと思った」 


 と千里を百が抱き締める。


「千里、よく頑張った。お疲れ様」

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