第51話 バースデー

 目が覚めたら、やはり、一面真っ白な世界にいた。そこら中に蓮の花が咲いていて、それよりも目を引くのが、


「……ここは、どこだ?」


 顔をあげたときに見えた、数百体の仏の姿だった。


「――!?」 


 戸惑い、警戒する千里。 


「俺はたしか、大百足と戦ってた……みんな負けて、そして俺は――」  


 そこで自分の口から出た言葉を思い出した千里。


「あんたら! まさか、本当に仏なのか!? 祈れば奇跡を起こしてくれるのか!?」


 藁にもすがる思いで膝をつく千里。

 認めざるをえない。自分はなんの役にも立たない足手まといの能なしなんだと。憧れたところでヒーローになんぞなれはしないのだと。地を這いつくばることしか許されず、できることといったら、唯一残された選択肢は祈ることだけ。けれど、祈ることなら、まだできる。なんにも持たない自分に許されたなけなしの希望。


「だったら一つだけ頼みがある! たった一つだけでいいんだ! 俺の仲間を助けてくれ! それ以外は何もいらない!」


 それでも仏たちは言葉が通じないのか、耳が聞こえないのか、反応を示さない。


 神も仏もどうでもいい。今さら恨んでも呪ってもなにも変わらない。大事なことは今まさに迫る危機的状況をかえられるかどうか。その一点に尽きる。


「あんたらを呪うと言ったことなら謝る! どんな罰でも受ける! 地獄に千年落とされたってかまいはしない! だからどうか、どうか……お願いだから」


 とうとう瞳から溢れ出す涙。額を地べたにつけて、ひたすらにすがる。


「俺のすべてをあんたに委ねる。過去、現在、未来。どんな対価を支払ってもかまわない。俺のことは好きにしてくれてかまわない。命だってくれてやる。だから、仲間だけは、家族だけは――」 


 そのとき、千里の肩になにかが触れた。 


「――」


 顔をあげると、うっすらと光り輝く釈迦如来が手を差しのべている。 


「いいのか? この手にすがっても……?」


 釈迦如来は表情を変えない。悲しんでいるようにも、微笑んでいるようにも、なにも感じていないようにさえ見える。


「――」

 千里はもう迷わなかった。どんな対価を支払うことになろうと、どれほど重い罰を受けようと、仲間を救える可能性がほんの少しでも残されているなら、そのほんの少しに人生のすべてを賭ける覚悟はできていた。


 差し伸べられた釈迦如来の手に自分の右手を重ねると、そこから光が生まれ出した。どこからか一斉に蝶が飛び立った。





「……」 


 とうとう鬼一もやられ、百は一人で数多の分体の相手をしていた。ところが、だんだんじり貧になっていく。心も体も限界に近づいていく。


「せん、り……」 


 避けようのない一撃を前に、口から出たのは相棒の名前だった。せめて彼だけでも守れたら。それだけが心残りだと思った瞬間、


「ノウマク・サンマンダバザラダン・カン!」


 響きわたる千里の声。 


「――!?」


 真っ赤な炎が分体を焼き払っていく。不思議なことに、木々や百には引火しない。どうやら大百足にだけ効く業火らしい。炎の出た方向を見ると、今まさに刀を抜く千里の姿があった。


「もう、誰にも、なにひとつ、奪わせやしねえ」


 そう言う千里の背後には火焰を背負い、同じように剣を抜く不動明王の姿があった。

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