第47話 花魁

「小判二十枚……」 


 ここでようやく千里が巻物から顔をあげる。百はそれを見て明るい表情になって、


「現実主義者はやっぱり気になる?」


 と訊いた。


「そりゃ気になるけど、それだけ危ないってことだろ? 俺はあんまり気が乗らないな」

「なんだよ、らしくねぇ。戦うときにビビらねぇてめえが、戦う前からビビるなんてよ。それに聞いたか? 山分けしても一人五枚の小判だぜ!」


 鬼一の目はすっかり金目当てに染まっている。

 すると、


「ちょい待ち! 違うっしょ! ウチを入れるから一人四枚っしょ!」


 例の棺桶がしゃしゃりでてきた。


「そういや、さっきからてめえはなんなんだよ?」

「よくぞ聞いてくれた! それを知りたければ、まずはウチを日陰に連れていくこと!」

「……」


 四人は顔を見合わせて、  


「それくらいの頼みなら」


 百が役目をかってでた。





 近くの路地裏まで棺桶を鎖で引っ張っていく百。背負っている大剣のせいもあって、かなり注目を集めていた。 


「着いた」


 そう言って百が棺桶の蓋を開けようとすると、


「あんがと!」


 勢いよく内側から蓋が吹っ飛んできて、百の顔面に直撃する。


「百、大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄る千里。


「あっちゃー、ウチやっちゃった? めんごめんご、許してちょ」

「よくも主を!」

「だーかーらー、謝ってんじゃん」


 ここで初めて棺桶少女の風貌が露(あらわ)になった。


 ゴスロリと着物を会わせたような格好をしている。黒のリボンでツインテールを結っていて、髪は灰色、瞳は赤。唇に紅をさしているほか、長い爪も赤い色をしている。


「ウチは花魁、花も恥じらう十六歳!」 


 両手を合わせて拝むようにして謝りながら、自己紹介をしてくる少女。


「ヤンデレみたいな笑いかたをするんだな」 


 千里がそう言うと、


「なにそれ、褒め言葉!? ありがとう! ウチの衣装めちゃカワでしょ!」


 けらけらと壊れたように笑う。なんでもない、面白くないことでも笑うくせに、いつも目の奥が笑ってない。そして、笑うと犬歯がえらく尖っている。


「たしかに、この国じゃあまり見ない格好」


 と百。 


「たぶん、海の向こうの大陸に由来してるんだろ」


 と千里が言うと、


「あったりー! なかなか詳しいね、キミ! 名前はなんて言うの?」

「俺は千里」

「あたいは鬼一」

「拙者は十戒」

「わたしは百」


 とそれぞれ自己紹介をする。


「それにしても、花魁なんて、ずいぶんとまた酷い名前をつけられたもんだな」


 千里が呆れたように言うと、


「そう? 百の方が珍しいと思うけど。あとそれに、花魁って遊女の中でもとびきり人気があるってことでしょ? まさにウチのことじゃん!」

「たしかに、百は珍しいな。ふつう、半鬼は鬼の字を名前のなかに入れられるもんだからよ」


 と鬼一が同調すると、


「わたしの名付け親は人間に憧れてたから」


 と百は切なそうな顔で笑った。


「ところで、なんで花魁は日陰に連れてきてって頼んだの?」


 百が尋ねると、


「えー? それはね――」

「太陽の光が苦手なんだろ」


 花魁より先に答えを言う千里。


「すっごーい! さっきといい、千里クンなかなか物知りだね。ウチ、キミに興味わいてきたかも!」


 またヤンデレっぽく笑う花魁。 


「あと血を飲むのが好きだろ」

「そ、よく分かってるじゃん! ウチ、血、大好きなの」


 と言う。


「人間の血も、もちろん飲むんだよな」 


 と千里が言うと


「ウチは人間限定。それも十二歳以下の可愛い男の子しか受け付けない。そこの十戒とかいうむさ苦しいおっさんのとか、マジ無理」


 と言い出す。


「そんなんでよく生きてこられたな。そんなに協力的なやつらばっかりじゃないだろうに」

「ふふん、ウチは見た目がいいからね。お姉さんからのお、ね、が、い、でイチコロじゃん?」


 とウインクされる。


「『じゃん?』って言われても……」


 と言うと、両手の人差し指を合わせながら、


「キミくらいの年が一番美味しいの」


 告白するみたいに頬を染める花魁。


「とんだショタコンじゃねえかよ……」 


 と、千里はここであることに気づいた。


「ちょっと待った、俺の知ってる吸血鬼は吸われた人間も吸血鬼になるんだけど」


 一歩後ずさりながら千里が言うと、


「んー? そういうのはまったくないよ。ウチの能力は変身だけだから」

「変身って、なにに化けるんだよ?」


 鬼一が尋ねると、


「狼と蝙蝠。あと、手足を硬化させることもできるよ」


 そう言うなり、手が猛禽類のように鋭く尖る。


「ほら、力使ったからまたお腹空いた。ね? いいでしょ、ほんの少し、ちょびっとだけだから」

「わ、分かったよ。俺なんかでよければどうぞ」  

「いいのか? かような得体の知れない者に身を委ねて」


 十戒はなおも警戒するが、


「俺が断れば他の子どもが襲われるだけだろ。だったら、三人が守ってくれる今吸わせておいた方が犠牲者はでない」

「それはそうかもしれんが……」 

「いいの? やったー! なんだっけ? ショタだっけ? 久しぶりにショタの血が吸える!」


 そう言って抱きついてきたかと思うと、首筋に注射のようなチクリとした感覚。それから血を啜るじゅるじゅるという音。


「んー! おいしー! ……ふー。最初だからまずはこのくらいでよしとこうかな。あんがとね」


 花魁がウインクすると、 


「――」


 突然百が抱きついてきて、先ほど花魁に噛まれた箇所を舐め始めた。 


「ちょ、ちょっと、百!?」


 耳まで真っ赤にした千里が慌てて引き剥がそうとすると、 


「血、出てたから。半鬼の唾液は傷口の回復効果がある」


 そう言ってあっさり身体を離す百。


「あ、ありがと。けど、そういうことは先に言ってもらえると余計助かる……」 


 それをはたから見ていた花魁が、


「へー、キミって年齢の割に経験豊富そうに見えて、初(うぶ)なところもあるんだね。ますます気に入っちゃった」


 と涎を滴らせている。


「そういえば、花魁はさっき、依頼が気になるなら日陰に連れてこいって言ってた。そしてわたしたちはあなたを日陰に連れてきた。これから本題に入るの?」


 花魁の偏った性癖はスルーして、百が核心を問う。すると、花魁は涎を舌で舐めとって、


「そ。単刀直入に言うと、ウチと手を組まないかって話」


 と切り出した。


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