第46話 春の訪れ

 杏子たちのいた村を出て数日。桜の蕾もちらほら見かけられるようになってきた。川沿いの道を一行が歩いていると十戒が、


「もういっときすれば、ここも桜並木となり、花見客で賑わうのだろうな」 


 と言うと、


「わたしたちも花見しよう」


 と百。 


「いいねぇ! 酒もしこたま準備しなきゃな! な、楽しそうだよな、千里!」 


 と鬼一が振っても、 


「……ああ、そうだな」


 千里は巻物から目をあげようともしない。


「なあ、千里。お前最近ってか、杏子が死んでから感じ悪くねえか?」


 と鬼一。


「別に。修行で忙しいからそう見えるんだろ、ここんところ真言唱えてばっかりだからな」


 目も合わせずに答える千里。 


「恨んでんのか? あたいたちのこと。裏切り者だって」  


 鬼一が核心に迫る質問をしても、


「いいや、ただ考えてるだけなんだ。俺にもっと力があればって。それに、今なら阿魏の言っていたことも分かる気がする」


 そこでようやく顔をあげて、十戒を見つめながら、


「『無念の死を遂げた人をまた殺すのは可哀想』だって。俺たちが今までに殺してきた鬼にも、必死に生きてきた前世があったんだよな。ただ、報われたかっただけなんだよな」

「あ? じゃあ、なにか? お前は鬼を狩るのをやめるってのかよ」

「……そういうわけじゃないけど、殺す以外にも道があればいいなって、そう思っただけだよ」

「だから仏にすがってるの?」


 と百が尋ねる。 


「……ああ」 


 ところが、十戒が千里の矛盾を指摘する。


「人一倍仏を呪いながら、それでも仏にすがろうとするのは矛盾ではないのか?」


「いいんだよ、人間って生き物自体が矛盾の塊みたいなもんだから。それに、酒飲んで肉も食う好色じいさんでも化身を呼び出せるんだ。俺にできない道理はない」


 それを聞いた十戒は悲しそうな顔になって、


「……ますます悟りから遠ざかっているようだな」


 と言った。千里はそれにはもう何も応えないで、


「オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ、オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ」


 と劣等感にまみれた、やつれた目つきで真言を唱えていた。

 




 しばらく歩くと町に着いた。


「人、多い。こんなの初めて」 


 と百。  


「ああ、祭りに来たみたいだよな!」


 と鬼一もはしゃぐ。


「この町で実際に祭りが行われると、どれほどの人混みになるのだろうな」


 と十戒も新鮮そうに眺めている。


大道芸をする人や、いくつもの市場、それから興味深いものもあった。


「なあ、あれなんて書いてあんだよ?」


 鬼一が掲示板を指差しながら十戒の袖を引っ張った。


「『組合掲示板』と書かれているな」


 十戒は掲示板に貼られたたくさんの紙を見て回りながら、


「この町に住む人の様々な困り事の依頼と、それを達成したときの報酬が書かれているな」

「たとえば?」


 と百が尋ねると、


「小さいものなら猫探しから、大きなものは……なんと、大百足の討伐依頼まであります、主」

「なんだよ、その大百足って。食えるのか?」


 鬼一が十戒の肩に肘を乗せながら尋ねると、


「むしろ我々が食われるだろうな。なにせ特級の上、天災級の鬼なのだ。討伐すればこの町で語り継がれるだろう」

「へー! 面白ぇじゃん! やってみようぜ」


 鬼一がはしゃぐので、


「さきほどの拙者の説明を聞いてなかったのか? 大百足に挑むのは危険だと――」

「だからこそ、先立つものも手に入る」 


 十戒と鬼一が言い争っていると、聞き慣れない、くぐもった少女の声がした。声のする方を見ると、掲示板の近くに西洋風の棺桶がある。声はその中からしてるらしい。


「依頼には、困り事と報酬が書いてあると言ってたけど、大百足の報酬をまだ読み上げてないっしょ」

「言われてみれば、たしかに。いくらもらえるの、十戒?」


 百が訊くと、 


「えーっとですな……な、これは!?」

「ふふん、気になるっしょ!」 


 誇らしげな棺桶の声。


「で、いくらなんだよ? もったいぶってないでさっさと言えっての!」


 鬼一が十戒の背中をばしん、と平手打ちすると、


「き、聞いて驚くなよ? なんと、小判二十枚だ」 


 動揺を隠せてない声で、十戒はそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る